夜明けが世界を染めるころ

光が、ほどけていく。
私の意識が深く沈みかけている。

その境界で――
ふいに、柔らかな温度が触れた。

懐かしい。

あまりにも、日常的な匂い。



――トワが、初めて屋敷に来た日。

自己紹介をした私に
「……いえ。お構いなく」、
拒絶というより、
必要性を感じていないような声音だった。

それから何度話しかけても、
返ってくる言葉は短く、淡々としていた。

それでも――

無理やり手を引いて外へ連れ出した。

市場。
川辺。
城下の小さな菓子屋。

困った顔のまま振り回され、
気づけば少しずつ、表情が緩んでいった。



昼下がり。

レオと並んで、芝生の上で弁当を広げる。

「これ美味しいぞ!」

そう言ったレオに戸惑いながらも頷き、
美味しいと口にした日。



机に向かう午後。

ユウリが淡々と文字を指し示した。

「……分かりました」

真剣な横顔が、少し誇らしかった。



夕暮れの訓練場。

セナが構えを正し、
木剣を打ち合わせる。

「力じゃない。呼吸を見ろ」

その言葉を、必死に反復していた。



廊下の隅。

テオが気だるげに壁にもたれ、

「無理するな。倒れたら面倒だからさ」

それだけ言って去っていく。

けれど翌日、
トワの机には薬草が置かれていた。



ブティック グロウ。

ルイが楽しそうに布を広げ、

「トワちゃんには、これがいいわ!」

オーダーメイドの服に包まれ、
鏡の前で落ち着かなくなる姿。



朝の部屋。

アリスが静かに身支度を整え、

「寒くなりますから」

そう言って、上着をそっと掛けてくれた。

トワは小さく礼を言い、
何度も頭を下げていた。



季節が巡り、
気づけばそれは“日常”になっていた。

そしてある日。

朝の光の中で、
トワは振り返り――

柔らかく、優しく微笑んだ。

「お姉様」

その呼び方が、
胸の奥を静かに震わせる。

「……ありがとう」

それは別れでも、覚悟でもなく。

ただ、
心からの言葉だった。

光が、ゆっくりと滲む。

声が、遠ざかる。

温もりだけを残して――
記憶は静かに閉じていった。

指先から、力が抜ける。

最後に聞こえたのは、
あの日と同じ、穏やかな声。

「おやすみなさい……お姉様」

その言葉に包まれながら、
彼女の意識は、深い闇へと落ちていった。

夜明けの光は、すでに世界を照らしていた。

だがティアナはまだ、
あの2年間の温度の中で――
静かに、眠っていた。