「……だけどね」
トワは、私の腕の中で小さく息を吐いた。
「それは、できないんだ」
ゆっくりと顔を上げる。
その笑みは、あまりにも儚かった。
「僕は“封じ手”として生まれた存在だ。
役目を拒めば、世界の歪みは――別の形で必ず噴き出す」
トワを離さないように力を込める。
「そんなの……」
「ごめんね」
トワは、まるで子どものように微笑んだ。
「君の弟でいられた時間は、本物だった。
だからこそ……ここで終わらせなきゃいけない」
その瞬間。
――研究区画の奥で、異様な魔力が爆発した。
「ッ……!」
床が割れ、天井が軋む。
死に損なったはずのガイルが、歪んだ魔力に包まれながら立ち上がる。
「セイレーーーン……!」
人の形を保てぬほど膨れ上がった肉体。
理性も言葉も失い、ただ“力”だけが暴走していた。
「世界を……よこせ……!」
魔力の奔流が、一直線に――ティアナへ向かう。
「ティアナ!」
誰かの叫びが響くより早く。
トワが、前へ出た。
「――っ!」
彼は迷わなかった。
細い身体で、両腕を広げる。
「トワ!!」
次の瞬間。
凄まじい衝撃が、彼を貫いた。
赤黒い光が爆ぜ、空気が悲鳴を上げる。
「……っ、は……」
その身体が宙に浮き、床に叩きつけられる。
「トワ!!」
急いで駆け寄る。
抱き起こした腕の中で、彼の体は驚くほど軽かった。
「……よかった」
かすれた声。
「今度は……守れた」
血に染まった唇が、かすかに笑う。
「弟らしいこと……できたかな」
「やめて……喋らないで……!」
涙が、止まらない。
「一緒に未来を見るって言ったでしょう……!」
トワは、ゆっくりと首を振った。
「未来は……君が生きてくれれば、それでいい」
震える手でトワの頬に触れる。
「歌わないセイレーン。
人のまま、世界を変える魔女……」
「君なら……きっと、壊さずに終わらせられる」
指先が、ほどけていく。
「……お姉様」
「生きて」
その瞬間。
トワの身体から、淡い光が溢れ出した。
