夜明けが世界を染めるころ

「ぼく、もともと研究施設にいたんです」

トワは淡々と語り出した。
まるで、遠い昔の出来事を振り返るように。

「魔女セイレーンになりうる存在……」

静かな声だった。

「……やっと、探していた人が見つかったんです」

ゆっくりと、視線がこちらを向く。

「それが――お姉様……いや、ティアナ様だよ」

空気が、ぴんと張りつめた。

「……え……?」

喉が、ひくりと鳴る。

背後で、ディランの腕にわずかに力がこもるのが分かった。

「ずっと、見てたんだ」

トワは微笑んだまま言った。

「ずっと」

その言葉が、胸の奥に冷たく落ちる。

「研究所にいた頃から。
街に出てからも。
王都に来てからも」

そして、何でもないことのように続けた。

「2年前に、アドルフ様に養子として迎えられたんだ」

「……あの人はね。
冷酷そうに見えるけど、子供の僕には警戒心が薄かった」

軽い調子の言葉が、かえって重い。

「それからだよ」

トワの視線が、まっすぐ私を射抜く。

「君が誰と話し、誰を信じ、
誰のために傷つくのか――」

「全部、見てた」

その声に、誇りも罪悪感もなかった。

ただ、事実だけがあった。



「……魔女の雫を」

トワは続ける。

「ティアナ様の周囲の人たちに、
ばら撒くよう仕向けたのも……ぼくです」

「……っ!」

誰かが、息を呑む音を立てた。

「セナさんの実家近くのパン屋の奥さん。
ルイさんの双子の妹――エマさん。
殿下のパーティーに来ていたデボラとニーナ」

少しだけ眉を下げる。

「デボラは……正直、少し心配だったけどね」

そして、淡々と告げた。

「君が覚醒するのか。
本当に“セイレーン”になり得るのかを、確かめたかった」

あまりにも、淡々と。

「絶望の中で歌う魔女。
悲しみと共鳴し、世界を書き換える存在」

「それが――本物のセイレーンだから」

私は唇を噛みしめた。

怒りより先に、身体が震えた。

「……そんな理由で……」

声が、かすれる。

「……私の周りの人たちを……」

トワは、初めて視線を伏せた。

「……ごめんなさい」

小さな、かすれた声。

けれど――

「でも」

すぐに顔を上げる。

「予想以上だったよ」

崩れた天井の隙間から、淡い光が差し込む。