夜明けが世界を染めるころ

「……なんで、トワ坊ちゃんが……」

背後で、レオも息を呑んだ。
信じられないものを見るように、その視線が少年に釘づけになる。

研究区画には、まだ魔力の余熱が残っている。

血の匂い。
崩れた装置。
床に倒れ伏すガイル。

そのすべてと、あまりにも噛み合わない声が響いた。

「最後に会ったのは……お見送りのときでしたね」

トワは、懐かしむように目を細める。

「湖畔のピクニックも、楽しかったなぁ」

血のついた刃を手にしたまま、くるりと首を傾げた。

「レオの作ったお弁当、本当においしかった。
特にカモのハニーロースト、絶品でしたね。

昔食材を探して魚釣りにも行きましたし……」

くすりと笑う。

「大きな魚がかかって、油断してたら落ちそうになりましたよね」

レオが、はっと息を吸う。

「……え……?」

まるで昨日の思い出を語るような、あまりにも穏やかな口調だった。

「……あ、あと」

少年は指を折りながら続ける。

「ユウリさんには、礼儀作法や勉強を教えてもらいましたね。
殿下の別荘で夜にやったトランプ、すごく強かった。
全然勝てなくて……」

「……は?」

思わず、ユウリの口から素の声が漏れる。

「ルイさんには、何着かオーダーメイドの服を作ってもらいました。
どれも素敵で、とても気に入ってます。
ヘアセット講座も楽しかったなぁ。あれ、すごく勉強になりました」

ルイは言葉を失い、ただ硬直していた。

赤黒い魔力の残滓。

血に濡れた刃。

倒れた人間。

その中心で――

「セナさんには、剣術を教えてもらいましたね。
見た目は冷たそうなのに、すごく優しくて」

一瞬、視線がセナに向く。

「テオさんは……最初、ぼくのこと少し警戒してましたよね。
でも、なんだかんだ面倒見がいいんですもん」

トワは、場違いなほど穏やかに微笑んだ。

その笑顔は――
湖畔で、風に髪を揺らしていたあの日と、何一つ変わらない。

ただの、少し大人しい少年のものだった。

だからこそ。

胸の奥が、ひどくざわつく。

「トワ……!」

私の声が研究区画に響いた。



「……あ」

トワはその様子を見て、きょとんと瞬いた。

「ごめんなさい」

律儀に、ぺこりと頭を下げる。

「話、逸れてしまいましたね」

そして、ゆっくりと顔を上げる。

その微笑みだけが、すっと消えた。

「――本題に戻りましょうか」

刃先から、静かに血が滴り落ちた。