その瞬間――
ガイルの身体が、わずかに揺れた。
「……?」
背後から。
何の気配も、詠唱もなく。
ただ、
ずぶり、と。
肉を貫く鈍い音がした。
ガイルの胸元から、赤黒い魔力が噴き上がる。
「……な、に……?」
喉を締めていた指が、力を失った。
背中から突き出た刃の向こうで、
フードの影に隠れた瞳が、冷たく光っていた。
「――触るな」
低く、短い声。
魔女の雫が、床に落ちる音がした。
ぱたり、ぱたりと。
まるで糸を切られた操り人形のように、
私の身体から力が抜ける。
「……っ!」
視界が傾いた。
足元が崩れ、前に倒れかけた、その瞬間。
「ティアナ!」
強い腕が、私を抱き寄せた。
衝撃はなく、
硬い胸元に引き寄せられる感覚だけがあった。
「大丈夫だ、離さない……!」
ディランの声が、すぐ耳元で震えている。
肩に回された腕が、痛いほど強い。
まるで――
失えば二度と戻らないものを、必死で繋ぎ止めるみたいに。
「……ディラン、大丈夫です」
喉の奥がまだ痛んだが、言葉にした。
「それより……」
私は、そっと彼の胸から顔を上げた。
前を見据える。
逃げない。
目を逸らさない。
床に散った雫の残骸、歪んだ装置、
膝をつくガイルの背後。
――そこに。
ひとりの少年が、立っていた。
黒いマント。
血に濡れた刃を手にしたまま、微動だにせず。
息を呑む。
「……え……?」
思わず、声が零れた。
その横顔を、私は知っている。
「……どうして……」
胸の奥が、ひやりと冷えた。
「どうして……トワが……?」
その声が届いたのか、
少年はゆっくりとこちらを振り向いた。
赤黒い魔力の残光の中で、
その表情はあまりにも穏やかで。
「――こんにちは、お姉様」
場違いなほど柔らかな笑みを浮かべて、
まるで穏やかな午後の挨拶のように、そう言った。
血の匂いと、破壊された研究区画の中心で。
「……ご無事で、何よりです」
その微笑が、あまりにも静かで。
だからこそ私は、
背筋を凍らせるような違和感を覚えた。
――この子は。
今、確かに人を刺したはずなのに。
