「くそ、全員揃ったか。
だがまだだ!まだおわらない!」
赤黒い魔力が渦を巻き、床の魔女の雫が一斉に浮かび上がった。
悲鳴にも似た魔力音が、研究区画を震わせる。
「ここにいる者すべてが、実験材料だ」
ガイルが両腕を広げ、嗤った――その瞬間。
赤黒い魔力が、私の足元で――蠢いた。
「……っ!」
床に散っていたはずの魔女の雫が渦を描き、
まるで生き物のように絡みついてくる。
「な、に……これ……!」
逃げようと足を引いた瞬間、
ぐんっ――
強い力で引き戻された。
「きゃ……っ!」
足首に冷たい感触。
魔力が、粘ついた鎖のように私の脚を締め上げる。
一歩、また一歩と、
意思とは無関係に体が前へ引きずられていく。
「離して……!」
叫んでも、魔力音にかき消された。
研究区画全体が悲鳴を上げている。
床も壁も、空気さえも赤黒く脈打ち、逃げ場がない。
「はは……いい反応だ」
ガイルがこちらを見て、愉しそうに目を細めた。
「恐怖に染まった魔力は、実に美しい」
私の身体が宙に浮く。
足首を掴む雫が、さらに増殖し、
腰、背中、腕へと這い上がってくる。
「や……やめて……!」
腕が上がらない。
声も震えて、うまく出ない。
ガイルがゆっくりと近づいてきた。
「安心しろ。すぐには殺さない」
指先に赤黒い魔力が集まり、
刃のような形を成す。
「お前の中に雫を流し込み、
どこまで耐えられるか――見せてもらおう」
喉元に、冷たい指が触れた。
びくりと身体が跳ねる。
喉に食い込む指先が、ゆっくりと力を増した。
「……っ、ぅ……」
息が吸えない。
視界の端が白く滲む。
「ティアナ!」
ディランの叫び声が、魔力音を裂いて響いた。
「ガイル! 彼女を離せ!」
金属が擦れる音。
剣を抜いたのが、音だけでわかった。
「くっ……魔力の干渉が強すぎる……!」
誰かが歯噛みする声。
「お嬢様!」
アリスの悲鳴に近い声が聞こえる。
「待っていてください、今――!」
だめ。
その“今”が、もう遠い。
足元から伸びた雫が、さらに私の身体を締めつける。
「ほう……仲間想いか」
ガイルが愉快そうに笑った。
「だが無駄だ。
この魔女の雫は、主の意思以外を拒む」
喉が締め上げられ、声が出なくなる。
「ティアナ……っ!」
ディランの声が、焦りで歪んだ。
「やめろ! 彼女に触れるな!!」
一歩踏み出そうとした瞬間、
床の魔力が跳ね上がり、ディランの足元を弾いた。
「くそ……!」
誰かが私の名を呼んでいる。
重なって、遠ざかって、
水の底みたいにくぐもっていく。
(……たすけ……)
声にならない言葉だけが、胸の中に溜まる。
ガイルの指先に、赤黒い光が集まった。
「安心しろ。
苦しみは、最初だけだ」
冷たい魔力の刃が、喉元に触れた。
「やめろォォォ!!」
ディランの叫びが、研究区画に反響する。
