夜明けが世界を染めるころ

地下第二研究区画。

照明は落ち、非常灯だけが赤く脈打っている。

薬品の匂いと、湿った魔力の残滓が空気に漂っていた。

「……ここだ」

セナが足を止める。

扉の向こうから、かすかなうめき声。

ロベルト、アレンが周囲を警戒する。

「開けるぞ」

重い扉が軋みを上げて開いた。

そこにあったのは――
“部屋”ではなかった。

檻のように区切られた空間。
床に刻まれた魔法陣。
鎖につながれ、座り込む人影。

「……被験者」

アレンの声が、わずかに震える。

老若男女。
騎士、平民、研究員らしき者まで。

共通しているのは――

胸元、喉、額。
それぞれの身体に埋め込まれた、歪な宝石。

紫黒に濁った輝き。

「魔女の雫に……侵食されてる」

セナが静かに言った。

雫が体内で結晶化し、
意思と魔力を乗っ取っている。

「まだ正気を保ってる人もいます」

ロベルトが膝をつき、脈を確認する。

「……だが」

次の瞬間。

「――ッ!」

一人の被験者が、ぎこちなく立ち上がった。

白濁した瞳。
喉から漏れるのは、人の言葉ではない魔力音。

宝石が、禍々しく脈動する。

「来る!」

アレンが剣を構える。

だが、セナは一歩前に出た。

「……待て」

剣を抜く。

「俺がやる」

宝石を通して、魔力が暴走している。

これは――

助けられない状態。

「魔女の雫に完全支配されている」

セナの声は、冷静だった。

「宝石を破壊しなければ、意識は戻らない」

ふっとセナが息を吐く。

「――我が剣に従え、アクアマリン」

淡い蒼光が刀身を包む。

冷たい、澄んだ魔力。

「眠れ。守るために」

刃が宝石だけを正確に貫いた。

――砕ける音。

紫黒の結晶が砕け散り、
魔力が霧となって消える。

同時に、被験者は崩れ落ちた。

「……生きてる」

ロベルトが確認する。

「衰弱してるが、命はある」

「よし」

アレンが深く息を吐いた。

「正気の人たちを先に避難させる」

「東通路だな」

セナが通信魔宝具を操作する。

「こちらセナ班。
被験者多数確認。順次避難開始する」

通路の奥で、誰かが泣いた。

「……助かるんですか?」

震える声。

セナは剣を下ろし、はっきりと答えた。

「助ける」


その言葉に、希望の色が灯る。

赤い非常灯の下。

彼らは戦っていた。

敵を倒すためではない。

――生きている命を、未来へ繋ぐために。