夜明けが世界を染めるころ

ディランの言葉が、胸の奥にゆっくり沈んでいく。

あたたかいのに、
少しだけ重たい。

彼の手は優しくて、強引さはどこにもないのに、
それでも私は――すぐに言葉を返せなかった。

「……ディラン」

名前を呼んだだけで、胸がきゅっと鳴る。

好き、なのか。

守りたい人で、
大切な人で、
信頼している人で。

それは、間違いない。

でも――

(それが“恋”なのかは……)

まだ、自分でも分からなかった。

セナへの長い想い。
命を懸けて交わした共鳴。
そして今も、心の奥に残る微かな余熱。

全部が絡まって、
自分の気持ちの輪郭が、まだ掴めない。

私は、ディランの手を強く握り返すことはできず、
けれど、離すこともできずにいた。

「……ごめんね」

小さく、正直に言う。

「すぐには……答えられない」

ディランの指が、わずかに動いた。

けれど、引くことはなかった。

「うん」

静かな返事。

「それでいい」

責める気配は、どこにもない。

「君は、いつも誰かのために立ってきた」

「だから今は……」

「自分の心が、追いつくのを待てばいい」

彼は、私の額にそっと額を寄せる。

「急がせるつもりはない。
答えをもらうために傍にいるわけでもない」

低い声が、穏やかに響く。

「君が迷っている時間ごと…
俺は、好きでいる」

その言葉は、誓いというより祈りに近かった。

私は、思わず目を伏せる。

こんなふうに想われることが、
少し怖くて、
同時に、どうしようもなくあたたかい。

「……ありがとう」

それしか言えなかった。

ディランは、ほんの少しだけ微笑んだ。

「いつか、君が振り向いてくれたら」

「それだけで、十分だ。」

彼の手が、そっと離れる。

逃げるためではなく、
選ぶ余地を残すために。

夜の書斎には、紅茶の香りと、
まだ名前を持たない想いだけが残っていた。

それは恋に変わる前の、

壊れやすくて、やさしい静けさ。