――がちゃ。
目の前で、扉が内側から開いた。
「……っ!」
思わず息を呑む。
そこに立っていたのはディランだった。
書類を片手に、少しだけ驚いたような表情。
ほんの一瞬――
本当に一瞬だけ、目を見開いて。
すぐに、いつもの穏やかな笑みに戻った。
「……どうしたの?」
「あ、あの……」
言葉を探していると、彼の視線が私の格好を一巡してから、ゆっくりと上がる。
そして。
「夜這いかな?」
「――っ!?」
心臓が跳ねた。
「こ、こ、こらっ……!」
ディランはくすりと笑い、わざとらしく顎に手を当てる。
「婚約発表の前にそれはまずいかな」
「ま、まずいとかそういう問題じゃ――!」
顔が一気に熱くなる。
「ち、ちがいますよ!!」
勢いよく否定すると、
「書斎の明かりがついてたから……その……」
「夜中まで仕事してないか、心配で……」
語尾が小さくなる。
ディランは一瞬きょとんとし――
次の瞬間、表情がふっとやわらいだ。
「……そんな理由で?」
「そ、そうです。
それに眠れなかったから……」
沈黙。
夜の廊下に、静けさが戻る。
やがて彼は、小さく息を吐いて微笑んだ。
「君は本当に……」
そう言って、私の頭にそっと手を置く。
「人の心配ばかりだな」
「だって……」
「安心して」
書類を軽く持ち上げる。
「もう切り上げるところだった」
「ほんと?」
「ああ。君が来てくれたおかげで、ちょうどいい区切りだ」
そう言って、書斎の中へ視線を向ける。
「……少し、入るか?」
「え」
「温かい茶を淹れよう」
一拍置いて、付け足すように。
「夜這いではなく正式な招待だ」
「からかわないでください……!」
そう言いながらも、私は一歩だけ前に出た。
書斎から漏れる灯りは柔らかく、
夜更けの静寂に溶け込むように揺れていた。
ディランは扉を少し広く開けながら、低い声で言う。
「……来てくれて、嬉しかった」
その一言が、胸の奥を静かに温めた。
私は小さく頷き、
彼の隣へと足を踏み入れた。
