夜明けが世界を染めるころ

そう言われて、断れるはずもなかった。

ディランの腕が、そっと腰に回される。

強く抱くわけでもなく、逃げないように留める程度の力。

私はソファの縁に座ったまま、彼の隣に体を預けた。

「……狭くない?」

「むしろ、ちょうどいい」

低い声が、すぐ耳元に落ちる。

ディランは背もたれに身を預け、
私を胸元に軽く引き寄せた。

心臓の音が、一定のリズムで伝わってくる。

「……こうしていると」

彼の顎が、私の髪にそっと触れる。

「呼吸が、同じ速さになる」

「ほんとだ……」

さっきまで少し早かった鼓動が、
不思議と落ち着いていく。

カーテン越しの夕陽が、部屋をやさしく染めていた。

「君が倒れてから」

ディランが、眠気を含んだ声で言う。

「眠るのが、少し怖くなった」

「え……」

「目を閉じると、何もできなかった自分を思い出す」

「王子なのに?」

「王子だからだ」

静かな即答。

「守ると決めた相手を、守れなかった」

その言葉に、胸が痛んだ。

私は、そっと彼の胸元の服をつかむ。

「……でも今は、こうして一緒にいる」

「うん」

「それだけで、十分だよ」

少しの沈黙。

それから、ディランの腕にわずかに力がこもった。

「……ありがとう」

その声は、とても静かで、弱かった。

しばらく、言葉はなかった。

時計の針の音。
窓の外の鳥の声。

世界が、ゆっくりと遠ざかっていく。

気づけば、ディランの呼吸が深くなっていた。

「……寝た?」

小さく尋ねると、

「……まだ……」

そう言いながら、返事が遅い。

私は、彼の胸に頬を預けた。

あたたかい。

鎧も肩書きもない、ただの人の体温。

まぶたが、自然と重くなる。

「……少しだけ、うたた寝しよう」

そう呟いた声は、驚くほど眠そうだった。

ディランの手が、髪をゆっくり撫でる。

「起きたら……」

「うん?」

「夕食にしよう」

「……約束」

「約束だ」

それが最後の言葉だった。

次に意識が遠のくころには、

彼の顎が私の頭に軽く乗り、
呼吸がぴったり重なっていた。

夕暮れから夜へ移るわずかな時間。

誰にも邪魔されない、
静かで、あたたかなうたた寝。


ただ寄り添うふたりとしての、ひとときだった。