夜明けが世界を染めるころ

ディランの部屋の前で、私は小さくノックをした。

「……ディラン?」

返事はない。

もう一度、少しだけ強めに。

「……?」

やっぱり反応がなかった。

(寝てるのかな……)

そう思いながら、そっと扉を開ける。

中は静まり返っていた。

カーテンは半分だけ閉じられ、夕方の光が柔らかく差し込んでいる。

机には書類が積まれたまま。
上着も脱ぎ捨てるように椅子にかけられていた。

そして――

ソファ。

そこに、ディランが横になっていた。

長い脚を少し折り、
片腕で目元を覆うようにして眠っている。

規則正しい呼吸。


(……珍しい)

いつも気を張っている彼が、
こんなふうに無防備に眠っているところを見るのは初めてだった。

思わず、足音を殺して近づく。

夕焼けの光が、金色の髪に溶けている。

「……綺麗だな」

ぽつりと、心の声が零れた。

起こさないように、そっと屈み込む。

眉も、睫毛も、眠っていると少し幼く見えて――

(ほんとに、無理してたんだろうな……)

伸ばした指先が、髪に触れそうになった、その瞬間。

――がしっ。

「っ!?」

手首を、強く掴まれた。

「……!」

一瞬で視界が反転する。

引き寄せられ、私はソファの縁に体勢を崩した。

すぐ近くに、エメラルドの瞳。

眠そうに細められながらも、はっきり私を捉えている。

「……ティアナ」

低く、掠れた声。

「お、起こすつもりはなくて……!」

言い訳をするより早く、彼の親指が手首をなぞった。

「……逃げない」

確認するような動き。

「もしかして起きてたの?」

「寝ていたが部屋に入ってくる気配でわかった」

「さすがだね」

そのまま、掴んでいた力が少しだけ緩む。

「だが……」

視線が、私の指先へ落ちる。

「触れられると思ったら、目が覚めた」

鼓動が、近すぎて聞こえそうだった。

「邪魔しちゃったかな」

「いや」

ディランは小さく息を吐く。

「とても良い気分だよ」

手首を離す代わりに、今度は指先を絡めてくる。

「君が、来たから」

顔が、熱くなる。

「ベッドじゃなくて、ソファで寝てるなんて珍しいね」

「待っていた」

「……何を?」

「君が、歩けるようになる日を」

その言葉に、胸がきゅっと締まる。

「無理をしたつもりはなかったが……」

彼は私の額に、軽く自分の額を触れさせた。

「3日ぶんの安堵が、一気に来たらしい」

「……ばか」

「否定はしない」

そう言って、かすかに笑う。

「少しだけ……」

掠れた声が、すぐ近くで囁いた。

「ここに、いてくれ」

腕が、そっと腰に回される。

拒む隙もないほど、静かで優しい動き。