夜明けが世界を染めるころ


騎士団から自室に戻る途中だった。

西棟へ続く小道の脇、
色とりどりの花が植えられた花壇の前に、
小さな背中が見えた。

ちょこんと腰を下ろし、
真剣な顔で土をいじっている。

「……トワ?」

声をかけると、少年はぱっと振り返った。

「お姉様」

にこっと笑って立ち上がる。

トワ。
10歳。

2年ほど前に、私たちの家族になった義理の弟だ。

父――アドルフの遠方の親戚が亡くなり、
身寄りを失った彼を、養子として迎え入れた。

最初は、驚くほど静かな子だった。

泣きもせず、甘えもせず、
常に周囲の顔色をうかがっているような――
少し、不思議な子。

「なにしてるの?」

そう尋ねると、トワは花壇を指さした。

「お水、あげてました」

足元には小さなじょうろ。

「昨日、風が強かったでしょう?
それで、土が乾いちゃったみたいだったから」

10歳とは思えないほど落ち着いた口調だった。

「トワは優しいね」

そう言うと、トワは少し照れたように笑う。

「……お花、好きなんです」

「きれいだから?」

「はい。でも……」

一瞬だけ、言葉に詰まった。

「……ちゃんと手をかけると、応えてくれるから」

私は、胸の奥がわずかに揺れるのを感じた。

「騎士団の帰りですか?」

「うん。少し身体を動かしてきたの」

「……危ないこと、しました?」

不安そうな瞳。

私は苦笑して、首を振った。

「大丈夫。怪我はしてないから」

「よかった」

ほっとしたように息を吐く。

その様子が可笑しくて、
私はそっと彼の頭に手を置いた。

「そんな顔をしなくても、ちゃんと帰ってくるわよ」

トワは一瞬だけ目を閉じ、
すぐに、いつもの笑顔を浮かべた。

「そうだ、これ。トワに」

声をかけると、
彼はきょとんとした顔でこちらを見上げた。

「……なんですか?」

「レオが作ってくれたフィナンシェだよ。お裾分け」

差し出すと、
トワは少し目を丸くしてから、両手で受け取る。

「ありがとうございます」

けれど、そのままじっと見つめているだけで、
袋を開ける様子がない。

私は小さく笑って、ひとつ取り出した。

「はい、あーん」

「……え?」

「あーん」

「……あ、あーん……」

戸惑いながらも、
言われるまま口を開く。

「もしゃ……」

小さく噛みしめる音。

「……おいしいです」

少し遅れて、ふわりと笑みがこぼれた。

「良かった!」

思わず声が弾む。

「じゃあ、またあとでね」

「はい」

素直に頷くその姿は、
まだどこか遠慮がちで、けれど確かに――
少しずつ、この場所に馴染み始めていた。