夜明けが世界を染めるころ

ディランside
夜明け前の空気は、ひどく冷たかった。

湖の近くまで来た瞬間、胸の奥に残っていた共鳴の余波が、はっきりと形を持つ。
――ここだ。

「……いた」

声が、思ったより低く落ちた。

淡い光に照らされて、2つの人影が見えた。
倒れるように、寄り添うように――いや、守るように。

先に目に入ったのは、セナだった。

地面に横たわり、意識はない。
だが――

(傷が……塞がっている?)

血に濡れていたはずの箇所は、乱暴な止血の跡と、そして不自然なほど整った肉体。
治癒魔法ではない。
あれは……共鳴だ。

次に、視線が自然とそちらへ向く。

ティアナは、セナのそばに膝をつき、必死に体を支えていた。
呼吸は浅く、顔色はひどく悪い。
それでも――こちらに気づいた。

「……ディラン……」

小さな声。
それでも、確かに呼ばれた。

「ティアナ!」

駆け寄ろうとして、ふっと彼女が微笑んだ。

その笑顔に、背筋が凍る。

「……大丈夫、です……」

何が、だ。

君のその顔のどこが、大丈夫だというんだ。

そう言おうとして――間に合わなかった。

力が抜けたように、ティアナの身体が前に崩れる。

「――っ!」

反射的に腕を伸ばし、抱き留める。
驚くほど軽かった。

「ティアナ!」

返事はない。
意識が、完全に落ちている。

腕の中で、微かに息をしているのがわかる。
それだけが、救いだった。

遅れてテオたちが駆けつける。
テオの声が、震えている。

「お嬢さまは!?」

「大丈夫、息はある」

「良かったぁ。お嬢さま」

その瞳は、戦場で見せる冷静な顔とは別物だ。全力で安堵していて、胸の奥の緊張が抜けたことを、ありありと物語っている。

「セナは?」
レオ達がこちらを見る。

「生きてる」
俺は即座に答えた。
「ティアナが……救った」

そう言った瞬間、胸の奥に、遅れて実感が押し寄せる。

――共鳴を、ここまで。

成功例のない力。
肉体と魂を削る行為。

それを、彼女は――

「……ばかだ」

思わず、漏れた。

腕の中のティアナは、何も知らない顔で眠っている。
だが、その指先は冷たく、魔力の気配はほとんど残っていなかった。


俺はティアナを抱き直し、決意する。

「……ここからは、俺が守る」

誰にも奪わせない。
誰の思惑にも、使わせない。

湖面に、夜明けの光が差し込み始めていた。