夜明けが世界を染めるころ

ディランが、一歩前に出た。

それだけで、会場の空気が張りつめる。
ざわめきは完全に消え、誰ひとりとして息を乱さない。

ディランは、ゆっくりと視線を巡らせた。
貴族たち、教会関係者、王城の重臣――
そして、私。

最後に、はっきりとこちらを見る。

「皆に、伝えることがある」

その声は、よく知っている落ち着いた調子だった。
けれど、いつもより少しだけ強い。

「本日、ここに」

一瞬の間。

「私は、蒼紋ラピスラズリ伯爵家 ティアナ ラピスラズリを――正式な婚約者として迎える」

空気が、止まった。

次の瞬間、ざわりとした波が広がる。
驚き、戸惑い、そして確信へ変わるざわめき。

ディランは続けた。

「彼女は、肩書きや噂によって選ばれた存在ではない」

その言葉に、胸がわずかに震える。

「私は、彼女の行動と結果を見て判断した」

視線が、再び私に向けられる。

「私の選択を理解し、
 それでも隣に立つと決めた人だ」

会場が静まり返る。

「だから私は、彼女を選んだ」

その一言が、まっすぐ胸に届いた。

ディランは、私の方へ手を差し出す。

一歩、前へ。

視線が集まる中、私はその手を取った。

「彼女と共に、私は進む」

殿下の声は、揺れていなかった。

「この国と、未来と――
 逃げずに向き合うために」

息を吸う音が、どこかで聞こえた。

ディランは最後に、はっきりと言い切る。

「ここに、婚約を宣言する」

その瞬間、会場に押し寄せる反応。

囁き声、息を呑む音、
そして、遅れて広がる拍手。

私は、ディランの隣に立ちながら、静かに思う。

(――逃げなかった)

(選んだ)

(選ばれた)

アレキサンドライトが、照明を受けて色を変えた。

それは、揺らぎではなく――
確かな決意の色だった。