私は、静かに言葉を継ぐ。
「……殿下
彼女を失えば、殿下は二度と同じ選択ができなくなります」
沈黙が落ちた。
やがて殿下は、困ったように笑った。
「レイにそこまで言わせる人物を俺は知らないな」
「事実です」
「……そうだね」
殿下は椅子にもたれる。
「…正直に言えば」
伸ばした指先を、月明かりの中でゆっくりと握る。
「俺が、彼女の未来を縛ってしまうんじゃないかと思うこともある」
黙って耳を傾けた。
「王子の婚約者として生きるには、彼女はあまりにも自由で、真っ直ぐだ」
小さく息を吐く。
「俺の隣に立つことで、笑えなくなる瞬間が来るんじゃないかってな」
一拍の沈黙。
その空白、私の声が静かに断ち切った。
「殿下」
「……ん?」
「契約とはいえ、あの方は殿下の差し伸べた手を、自らの意思で掴みました」
殿下が、ゆっくりとこちらを見る。
「守られるためではなく、並んで歩くために」
迷いなく、言い切った。
月光が、執務室の床に淡く伸びる。
「……そうだな」
殿下は苦笑いする。
「だから余計に、手放せなくなる」
そして、ぽつりと零す。
「……だけど中々手強い」
「それでもです」
私は即座に返す。
「その無駄に整った顔と身体で、どうにかしてください」
「……なんだそれ」
呆れたように言いながらも、殿下は小さく笑った。
「側近が主君を道具みたいに扱うなよ」
「事実を述べただけです」
淡々とした声に、殿下は肩をすくめる。
「まったく……手強い相手ほど、燃える性分だって知ってるくせに」
殿下は椅子から立ち上がり、窓の外へ視線を向けた。
「彼女はさ、俺の弱さも、卑怯さも、
全部見た上で、隣に立つと決めてくれた」
そして、静かに呟く。
「……逃げ場を失ったのは、俺の方かもしれない」
その言葉に、私は胸の奥でようやく息をついた。
(――この方は、大丈夫だ)
「婚約発表が済めば」
声が低くなり殿下が振り替える。
「ガイルも、動かざるを得なくなる」
「はい」
私は頷いた。
「研究施設も、これで表に引きずり出せます」
「……戦いになるね」
「ですが」
迷いはなかった。
「殿下の隣には、力強い味方がいます」
殿下は、ほんの少しだけ柔らかく笑った。
「……頼もしいな」
「最後までお供いたします」
私は即答した。
「ありがとう」
「――私は殿下の側近ですから」
夜は深く、冷たい。
だが私は知っていた。
この選択が、やがて避けられぬ大きな戦いへと
殿下を導いていくことを。
それでも――
殿下はもう、前へ進むしかないのだと。
