夜明けが世界を染めるころ

テオが立ち上がり、
そのまま軽やかに部屋の中へ入ってきた。

「ちょ、勝手に――」

「許可は顔で取った」

「取ってない」

「今、取れた」

距離が、ぐっと縮まる。

夕焼けの光の中、彼は私の前に立った。

「そんな顔で不安そうにしてたらさ」

声が、少しだけ低くなる。

「放っとけないでしょ」

テオは、夕焼けに伸ばしていた私の手をそっと包んだ。

「……冷えてる」

「風に当たってたから」

「だめ」

指先を包んだまま、離さない。

「今は、戦う手じゃない」

親指で、ゆっくりと手の甲をなぞる。

「ちゃんと戻るための手だ」

胸の奥が、じんと熱くなる。

「焦らなくていい」

すぐ近くで、囁く。

「取り戻す時間も、全部含めて――
お嬢さまなんだから」

「……テオ」

「ん?」

「ありがとう」

少し照れたように言うと、
テオはふっと笑った。

「どういたしまして」

そのまま、軽く身をかがめて――

おでこに、そっとキスが落ちる。

「……な、なにを……!」

「おまじない」

「おまじない?」

「そ」

いたずらっぽく片目を閉じる。

「お嬢さまが、ちゃんと元気になりますようにって」

「そんなの、効くの?」

「効くよ」

即答だった。

「だってさ」

額を離さず、近い距離で囁く。

「俺が願ったんだから」

心臓が、どくんと大きく鳴った。

「……ずるい」

「今だけ特別」

そう言って、ようやく一歩下がる。

夕焼けの光が、2人の間を満たす。

「無理に強くならなくていい
倒れたって、立ち止まったって
ちゃんと戻ってくるって、俺は知ってる」


少し間を空けて口を開く。

「俺ね…お嬢さまが大好き」


熱を帯びた視線が絡む。

「それは…知ってる」


「そっか」

窓の外で、鐘の音が夕暮れを告げた。

「ほら」

テオはにっと笑う。

「夕飯の時間だ。
またユウリに怒られる前に戻らなきゃ」

「……ほんと、自由だね」

「お嬢さまの前だけ」

そう言って、窓枠に手をかける。

「また来るよ」

「今度は堂々と来て」

「それじゃ面白くない」

最後にもう一度、やわらかな笑顔を向けて。

「おやすみ前に、ちゃんと温かいもの食べるんだよ」

ひらりと身を翻し、夕焼けの中へ消えていった。

窓辺には、まだ微かな温もりが残っていた。

胸の奥に、確かな安心を抱えながら――
私はゆっくりと、深呼吸をした。