夜明けが世界を染めるころ

馬車がゆっくりと止まる。
ディランのエスコートで馬車を降りるとそこは街が見下ろせる高台だった。

夕暮れの柔らかな光が街を染めている。
オレンジ色の空が建物の影を長く伸ばし、通りに歩く人々の顔を優しく照らしていた。

「きれいですね」

「そうだね」

ディランも優しく相槌をうつ。

「ティアナ」

穏やかで甘い声で名前を呼ばれる。

「これを」
ディランが差し出す小さな箱に目を向ける。

「これは……?」

ディランは微笑みながら、手をそっと差し出す。
「指輪だ。君は私の婚約者だから」

確かに、形だけでもそうしないと…だよね。
形式上のことだと思いながらも、夕暮れの光に照らされた指輪の宝石…アレキサンドライトが緑から紫にゆっくりと変化する。
心の奥で、なぜか胸が少し高鳴る。

ディランはくすりと笑い、指摘する。
「形式上と思っている顔だね」

私は慌てて視線をそらす。
「違うのですか?」

ディランは真剣な眼差しで彼女を見つめる。
「それもあるけど……本当は、私が君にあげたかったんだよ」

「きれいなアレキサンドライトですね」

ディランも指輪を見つめながら、静かに言った。

「ああ……君は以前、言っていただろう。
“貴方の瞳はこの宝石みたいだ”って」

「ええ」

夕暮れの光を受けて、指輪の石がわずかに色を変える。
緑とも紫ともつかない、不思議な輝き。

「正直に言うとね」
ディランは少し視線を落とした。
「私は、この瞳が好きじゃなかった。……いや、憎んでいたと言ってもいい」

胸が、きゅっと締めつけられる。

「王族の証だ、期待だ、役割だって。
この瞳を見るたびに、逃げられないものを突きつけられている気がしてね」

私は何も言えず、ただ彼を見つめる。

(私の知らないところで、この人はどれだけのものを背負ってきたんだろう)

「でも――」
ディランは顔を上げ、まっすぐ私を見る。

「君が言ったんだ。
“唯一無二で、かっこいい”って」

その言葉を思い出すように、少し照れた笑みを浮かべる。

「だからね……少しだけ、この容姿も、この瞳も、好きになれた」

夕暮れの光が、彼の瞳をやさしく照らす。
その色は、まるでアレキサンドライトのように、静かに揺れていた。


私の耳元で揺れるピアスに目をやり、少し笑みを浮かべるディラン。
「その耳に揺れるピアス……それは誰からもらったんだい?」

「えっと……セナです」
少し照れながら答える。

ディランは少し儚げに笑いながら言う。
「そうだと思った。少しジェラシーを感じたけど……でも君によく似合っている。まるで夜明けの空みたいだ」

「ありがとうございます。私も気に入っているんです」
私は柔らかく微笑むが、心の奥では、ディランの視線や言葉に、なぜか胸の奥がざわつくのを感じていた。


そしてディランは静かに輝く指輪を取り出す。
「なら、この指輪も受け取ってくれるかい」

夕暮れの光が指輪に反射し、オレンジ色の光が2人の手を包み込む。
私は戸惑いながらも手を伸ばす。
ディランはそっと私の指にはめ、指輪がきらりと輝いた。