夜明けが世界を染めるころ

湯気の立つカップが配られた。

「どうぞ。身体が温まりますわ」

ナナ嬢はそう言って、穏やかに微笑む。

私は両手でカップを包み込み、
一口、温かい飲み物を口に含んだ。

「……はぁ」

思わず息が漏れる。

「生き返るな……」

「本当だ。湖に落ちたあととは思えない」

マルクも同じようにカップを抱えている。
さっきの奇妙な服装のせいで、
余計に間の抜けた光景だった。

「おい、妹!」

マルクがこちらを指さして声を張り上げた。

「なんですか?」

思わず首を傾げると、彼は眉を吊り上げたまま言う。

「お前まで湖に入ってどうする!?」

「それが一番、手っ取り早いかと思いまして」

即答すると、マルクは言葉に詰まったように口を開き、
すぐに閉じて、頭を抱えた。

「……そうじゃないだろ。
もっとあっただろう。他に。やり方が」

「うーぅ……」

小さく声を漏らし、視線を逸らす。
正論だ。反論の余地はない。

しばらく沈黙が落ちる。

マルクは深く息を吐き、
苛立ちを押し殺すように、低い声で言った。

「……だが、助かった。ありがとう」

その一言は、不器用で、ぶっきらぼうで、
それでも確かに本心だった。

私は少し驚いてから、
小さく微笑んだ。

「いえ」

その様子を見て、
ナナ嬢も一歩前に出て、深々と頭を下げる。

「本当に、ありがとうございました。
お2人がいなければ……」

「顔を上げてください、ナナ嬢」

そう言うと、彼女はゆっくりと頭を上げる。


しばらくして、
ディランが静かに口を開く。

「……さっきの湖にあったものだが」

その場の空気が、少しだけ引き締まる。

「魔女の雫、だな」

「はい」

私は頷いた。

「完全に浄化できました。
でも……引きずり込まれた理由は……」

そう言って、ナナ嬢を見る。

彼女はカップを見つめたまま、
少し間を置いて口を開いた。

「……私、ですか?」

「はい……」

私はゆっくりと言葉を選ぶ。

「魔女の雫は、人の負の感情に漬け込むものです。
強い感情を持つ人ほど、引き寄せられやすい」

私が話し終えると、
ディランが静かに続けた。

「ナナ嬢の気持ちに、
あれが反応したのだろう」

「そんな……」

ナナ嬢の指が、カップの縁を強く握る。

私はすぐに首を振った。

「でも、大丈夫です」

できるだけ明るい声で言う。

「もう浄化はできましたし、
今回はたまたま条件が重なっただけです」

安心させるように、笑ってみせる。

「運が悪かった、ただそれだけですよ」

「そうだぞ」

マルクも大きく頷いた。

「無事だったんだから、それでいい。
それ以上、考えることじゃない」

ナナ嬢は少し驚いたように2人を見て、
やがて小さく息を吐いた。

「……ありがとうございます」