夜明けが世界を染めるころ

4人乗りのボートに乗り込む。

……まさかのメンツすぎて、居心地が悪い。

「ナナ嬢、お久しぶりです」

「ええ、お久しぶりですね」

にこやかに挨拶を交わすものの、それ以上会話は続かない。
お茶会で顔を合わせたことは何度かあるが、
10年前の一件以来、きちんと話した記憶はなかった。

(それにしても……どうしてマルクと一緒に?)

マルクは中身はともかく、見た目だけは無駄に整っている。
そのせいで、なぜか女性関係だけは派手なのだが――

……今はその話をする空気でもない。

沈黙。

「今日は、いい天気だな……ははは」

「そうだね」

あまりにも雑な会話。

マルクも完全に話題を失っているし、
ディランは相変わらず穏やかな微笑みを浮かべているだけ。
――表面上は、だ。

私はそっと湖へ視線を落とした。

ピンク色の蓮が、静かな水面に浮かんでいる。
とても綺麗で、穏やかで――

そのはずだった。

(……?)

胸の奥が、ざわりとした。

湖の中。
黒いモヤのようなものが、ふわりと揺れた。

(まさか……)

そう思った瞬間には、もう遅かった。

――バシャンッ!

「きゃっ!」

ナナ嬢が湖へ落ちた。

いや、落ちたというより――
引きずり込まれた。

「ナナ!」

マルクが叫び、迷いなく湖へ飛び込む。

「兄上―!」

私も咄嗟に身を乗り出し、水面を覗き込んだ。

(強い……)

湖の中に、はっきりとした魔力の流れを感じる。

――魔女の雫。

しかも、かなり深い。

(ダメ、この位置からじゃ何もできない)

判断は一瞬だった。

私はそのまま湖へ飛び込む。

「ティアナ!?」

ディランの声が、遠くで響いた。

水の中は冷たく、視界が歪む。
必死に潜っていくと――見えた。

ナナ嬢の足に、黒いモヤが絡みついている。
その先、湖底に沈むように――あった。

マルクはナナ嬢の腕を掴み、必死に引き上げようとしている。
だが、モヤの存在には気づいていない。

(このままじゃ……まずい)

水中で正確に、あの魔女の雫を破壊するのは難しい。
視界も悪く、魔力も乱れている。

(だったら……)

私は息を整え、胸元に手を当てた。

(共鳴……)

魔力が、静かに呼応し始める。