夜明けが世界を染めるころ

何度も訪れた執務室の部屋の前 こんな風に父と面と向かって話す日が来るとは思わなかった。


「コンコン」

「……入りなさい」

静かな声に促され、私は執務室へ足を踏み入れる。

「お父様。話があります」

「そうか……私もだ」

扉が閉まり、部屋には時計の音だけが残った。
一瞬、何から話せばいいのかわからなくなる。

たくさん聞きたいことがある。
でも――まずは、これだ。

「……実の母、アイリスのことについて」

父の手が、書類の上で止まる。


「……どこまで、知っている?」

「ほとんどです」
私は答える。
「お母様が関わっていた研究のこと。
事故死ではなかったこと。
そして……私が“器”である可能性があることも」

父は、目を閉じた。

「……そうか」

ゆっくりと息を吐き、語り始める。

「アイリスは、研究の危険性に誰よりも早く気づいていた。
あの力は、王国を救うこともできる。
だが同時に――簡単に支配にも使える」

父の声は低く、重い。

「ガイルは、その力を欲した。
王国のためなどと綺麗事を言いながらな」

「……お母様は?」

「封印した」
父は即答した。
「自分の命と引き換えにでも、な」

胸が締めつけられる。

「事故ではなかった。
だが、殺されたとも言い切れない。
あれは……アイリス自身の選択だった」

私は、静かに拳を握る。

「お父様は、どこまで知っていたんですか」

「すべてだ」
父は、私を見る。
「そして、何もできなかった」

その言葉には、悔恨が滲んでいた。

「立場上、私は動けなかった。
露骨に庇えば、逆にお前を危険に晒す」

「だから、厳しくしたんですね」

父は、視線を落とす。

「ああ……どう接すればいいのかわからなかった」

静かな声だった。

「お前を見るたび、アイリスを思い出した。
同時に……思ってしまったのだ」

喉を詰まらせるように、父は続ける。

「――私のせいで、
ティアナからアイリスを奪った、と」

その言葉に、息を呑む。

「守れなかった。
妻も、娘も」

長い沈黙が落ちる。

「だから私は、遠くから守るしかなかった。
監視し、隠し、危険から遠ざけることしかできなかった。
戸籍も隠して、マリアンヌにもそう頼んだ」

父は、初めて弱さを見せるように言った。

「それが……正しかったのかは、今でもわからない。
それにお前は遠ざけたり隠そうとしても真っ直ぐに困難に飛び込んでしまっていった。ほんとにアイリスにそっくりだ」

父が優しく笑う。
こんな顔初めてみた。

「私はダメな父親だよ。
守りたかったはずなのに 中途半端にしか真実を隠し通せない。優しくもできなかった」

私は、ゆっくりと首を振る。

「でも、お父様は守ろうとしていた」

父の目が、わずかに見開かれる。

「それだけは、伝わりました」

厳しさの奥にあったもの。
不器用で、臆病で、それでも確かな愛情。