夜明けが世界を染めるころ

馬車が、静かに動き出した。

窓の外の景色が、ゆっくりと後ろへ流れていく。
扉が閉まった瞬間、逃げ場はなくなった。

向かいに座るディランは、組んだ指に顎を乗せ、こちらを見ている。
さっきまでの軽さは、もうない。

「……それで?」

私が先に口を開いた。

「ナタリーさんの“病死”。
あれは偽装なんでしょう。」

ディランは否定しなかった。

「そうだよ。」

あまりにもあっさりした返答に、息を呑む。

「じゃあ、どうしてそんなことを?」

馬車の揺れに合わせて、ディランが小さく息を吐いた。

「理由は2つある。」

そう前置きしてから、静かに言った。

「一つ目。
ナタリーは、“知りすぎた”。」

空気が、ひやりと冷える。

「彼女は、君と“ユウリ”の存在を正確に認識していた。
そして、それを口に出さなかった。」

「……だから、狙われた?」

「正確には、“これから狙われるはずだった”。」

ディランは視線を伏せる。

「だから表向きは病死。
記録も、医師も、完全に整えた。
今の彼女は、別の場所で生きてる。」

胸が、強く打つ。

「……じゃあ、二つ目は?」

ディランは顔を上げ、真っ直ぐ私を見た。

「君を守るためだ。」

迷いのない声だった。

「ナタリーは、君に種を託した。
その時点で、君は“当事者”になった。」

私は思わず、あの種を握りしめる。

「もし彼女が普通に生きていれば、
いずれ吐かされる。
拷問でも、魔法でもね。」

ユウリが、息を呑む音がした。

「……だから、死んだことにした?」

「そう。」

ディランは淡々としている。

「死人は、何も喋らない。
そして――」

一瞬、間を置く。

「“死者の最後に会った人物”も、
それ以上追及されにくい。」

その意味を理解した瞬間、背筋が粟立った。

「……私を、疑いから外すため?」

ディランは、わずかに微笑んだ。

「さすが。」

「君が危険な立場に立つのは、まだ早い。」

馬車は進み続ける。
その揺れが、現実感を奪っていく。

「ディラン……だから貴方はまどろっこしいんです」

呼びかけると、彼は少しだけ目を細めて、笑う。

「そうかもね」