夜明けが世界を染めるころ

ディランと別れて屋敷に戻ると、
思いがけない人物がそこに立っていた。

「ユリア……久しぶりね。」

「ティアナ様。ご無沙汰しておりますわ。」

――あの殿下暗殺未遂事件以来、顔を見ていなかった。

「今日は、何の用で?」

ユリアはそっと花束を抱えて差し出した。

「これをアドルフ様にお持ちしました。」

私はそれを覗き込む。
「これって……アイリス?」

「はい。今の時期には珍しいのですが、特殊な温室で育てた、貴重なものです。」

ユリアの家は、植物の新種改良でも知られていた。
「そういえば、いつから?」

「ええと……もう14.5年ほどでしょうか。父がそう言ってました」

母アイリスが亡くなってからってこと?

「それって……どれくらいの頻度で?」

「毎月ですよ。確か執務室に置かれているとのことでしたが…見たことありませんでしたか?」


気にしたことなかったけど見かけたことがあった――アイリスの花。

「私も一度だけ入らせてもらったことがありますが、『夜明けの絵画』の下に飾られていましたよ。」

ティアナは胸の奥で小さく震えを覚える。

「アドルフ様……厳しい方に見えますけど、ティアナ様のこと大切に思われていますよね。執務室の絵画もティアナ様のことをさすものだと聞いておりますよ」

――夜明けの絵画……私の名前はティアナ。
朝の光を意味する名前。

「お父様は私のことを大切に思っていたの?」

ユリアは少し微笑むように頷いた。

「アドルフ様は、私の父にそう言っていましたよ。『ティアナは頑張り屋で優しい子だ』と。」

私は言葉を呑み込み、静かに花を見つめた。
光の中で、母の面影と父の思いが、そっと揺れているように感じられた。

ユリアを屋敷の中に招きいれた。
廊下の途中 私は手元のアイリスを、父の執事スミスにそっと預けた。
それからユリアを自室に案内した。