夜明けが世界を染めるころ

ユウリside

……やはり、か。

殿下が跪いた瞬間、周囲は阿鼻叫喚だったが、私は少し落ち着いていた。

(……驚く必要はない)

10年だ。殿下が、お嬢様に本をこっそり贈らせていた年月。
政治史、魔導理論、共鳴の古文書、倫理学……娯楽書はほとんどない。
偶然ではなく、すべて計算された“教育”だ。

(ああ、この人は執念深い)

しかし、私は彼女を守る立場だ。
殿下が何を考えていようと、私の立場は傍にいて支えること。
――だから、少し距離を置く。好きだとしても、甘えてはいけない。

殿下は、ティアナ嬢を“手に入れたい”のではない。
“並べる存在に育てた上で、選ばせたい”。
その戦略の巧妙さが、余計に厄介だ。

(……本当に厄介な人だ)

だが、お嬢様は飲み込まれていない。
自分の意思で考え、判断し、条件を突きつけている。
強くて、計算高くて、欲深くて――それが、私の守る対象でもある。

(なら、守らねば)

立場を忘れれば、私も感情で殿下に向かうことができるだろう。
だが、執事として一歩引く。
それが、私の選んだ戦略だ。

10年分の執念を抱えた殿下、そして決して飲み込まれないお嬢様。
この婚約話は――静かな戦争の始まりだ。

私は、静かに息を吐き、肩を落とす。
好きで、でも傍にいるだけ。