夜明けが世界を染めるころ



――アドルフ様の言葉が、脳裏をよぎる。

「お前はどうだ」

あの瞬間。
ほんの一瞬だけ、あってはならない考えが浮かんだ。

お嬢様と、結婚する未来。

共に食卓を囲み、名を呼ばれ、
主と執事ではない関係で、隣に立つ自分。

……馬鹿げている。

だが、確かに、よぎった。


ユウリは目を伏せ、静かに首を振る。

あの答えで、よかったはずだ。

もし、ほんの僅かでも欲を出していたら。
もし、己の感情を優先していたら。

――お嬢様のそばに、いられなかったかもしれない。

信頼は崩れ、距離は生まれ、
「兄のような存在」でさえなくなっていた可能性もある。

それだけは、耐えられない。

「これでいい」

自分に言い聞かせるように、呟く。

私は、お嬢様の執事だ。

その立場を失わず、
その役目を全うすることこそが、唯一許された形。

愛ではなく、忠誠として。
願いではなく、責務として。

執事として、共に進む。

――それでいい。
それしか、選べなかった。

私は静かに目を閉じた。