「お父様もさ、失礼だよね」
お嬢様は軽く笑いながら言った。
「私とユウリを、結婚させる気があったってことでしょ?」
その言葉は、冗談の形をしていながら、胸の奥に静かに刺さる。
「……恐れながら、そのような意図ではなかったかと」
そう答える声は、いつも通り落ち着いていたはずだ。
少なくとも、そう装えていると思いたかった。
「だよね」
お嬢様はあっさりと頷く。
「ユウリはそういうのじゃないもん」
――そういうのじゃない。
否定の言葉は、やけに柔らかく、それでいて決定的だった。
「どちらかっていうとさ」
少し考えるように視線を上げてから、屈託なく笑う。
「お兄ちゃん、みたいな感じ」
……やはり、そうか。
胸の奥で何かが静かに崩れる音がしたが、表情には出さない。
出してはいけない。
「そうですか」
「うん。頼りになるし、いつも冷静だし。
私が変なことしても、ちゃんと止めてくれるし」
それは信頼の言葉だった。
執事として、これ以上ないほどの評価。
――だからこそ、余計に。
「……光栄ですね」
それだけを口にする。
お嬢様は一瞬、不思議そうにこちらを見たが、すぐに気にした様子もなく微笑んだ。
「変な沈黙」
「申し訳ありません」
「いいよ。ユウリって、そういうとこあるし」
くすっと笑って、歩き出す。
「さて、夜はでかけるよ」
「はい」
その背中を一歩後ろから追いながら、ユウリは心の内を深く沈めた。
――兄のような存在。
それでいい。
それで、十分だ。
