夜明けが世界を染めるころ

「君は心配症だな。何もないよ」

殿下はあっさりそう言って、肩をすくめた。
その余裕、昨日の私にも分けてほしい。

「……そうですか」

納得したようで、していないユウリの返事。

「あ、それと――」

殿下がさらりと追撃してくる。

「お酒は、今後一切一滴も飲ませないように」

「十分に承知しております」

即答。迷いゼロ。
……ユウリ、そこは一瞬くらい迷ってくれてもよくない。

「え、少しもダメ?」

思わず声が出た。
だって、あのワイン、本当に美味しかったんだよ?
記憶はわりと飛んだけど、味だけはしっかり覚えてる。

「絶対ダメ」
「ダメです」

2人が、ぴったり息を揃えて怖い笑顔を向けてくる。

……なにこの連携。
昨日の嵐より怖いんだけど。

「は、はい……」

これはもう交渉の余地ないな。

湖畔での休暇は、本当にあっという間に過ぎていった。
昨日の嵐が嘘のように空は晴れ渡り、湖面は静かに光を反射している。

(昨日は色々あったな…)

出発の時間になり、私は殿下とレイさんの前で頭を下げた。

「それでは、お世話になりました」

「うん、また近いうちに。
今度はちゃんと、直接会いに行くよ」

殿下はそう言って、少し意味ありげに笑う。

「昨日の話も、ちゃんとしよう」

昨日の話。
――酔っていたけど、ぼんやり覚えている。

共闘、という言葉。
真面目な話をしていたのにお酒を飲んでしまい曖昧になってしまったこともある。

(……これは、あとで逃げられないやつだ)


「……わかりました」

私はそう答え、今度はしっかりとした意識で頷いた。

殿下の別荘を後にし、列車に乗り込む。
走り出す車窓を眺めながら、私は小さく息を吐いた。

休暇は終わり。
嵐も終わり。
そして――

(……ほんと、フレンチトーストだけはまた食べたい)

そんなことを考えながら、列車は静かに動き出した。