夜明けが世界を染めるころ

コンコン、と控えめなノック音。

「失礼いたします。
レオ様のお食事が、まもなく完成するとのことです。
ティアナ様のお支度も、そろそろ整った頃かと」

レイの落ち着いた声。

「そうか、わかった。
それにしても…こんな嵐の夜に感謝したのは初めてだ」

「……なんてことを。ティアナ様が聞いたら驚きますよ」

「驚くというより、きっと嫌な顔をする」

「その割に、ずいぶん楽しそうですね」

「まあね」

軽く笑ってから、私はカップを置いた。

「そうだ、レイ。マーガレット老後施設について調べてほしい。
特に――ナタリーという女性についてだ」

「ナタリー、ですか。何か気になる点でも?」

「ああ。彼女は“物忘れがひどい”と言われていたね」

「ええ。施設の職員もそう説明していましたし、実際……」

「――嘘だ」

レイの言葉を遮るように言うと、彼は一瞬目を瞬かせた。

「そうですか? 私には、特別違和感は……」

「レイは、あの時のやり取りを覚えているかい?」

「あのやり取りですか…」
レイは考える素振りをしているがピンときていないようだ。

「ティアナ嬢に、“後ろにいる2人は誰だ”と尋ねた件だ」

私は指先でテーブルを軽く叩く。

「もし彼女が本当に認知症で、状況把握が曖昧だったのなら――
聞くべき言葉は、あれではない」

レイが、はっとした表情を見せる。

「……まさか」

「そうだよ」

私は静かに告げる。

「あの場にいたのは、
ティアナ嬢、ユウリ、私、君、―計4人だ。少し離れたところにいたオーウェンは除外しょう」

「…………」

「“後ろの2人は誰だい?”
あれは、意図的に数を絞った聞き方だ」

レイは沈黙したまま考えこむ。

「本当に記憶が曖昧なら、
“みんな誰だい?”
あるいは
“大勢いるねぇ”
そういう言い方になる」

私は目を細める。

「彼女は正確に人数を把握していた。
しかも、“前にいるティアナ嬢”と“後ろの人間”をきちんと区別して」

「……つまり」

「ナタリーさんって方は、ユウリさんのことを知っていた。だから“後ろの2人”と言ったのですね」

「そういうこと」

私は肩をすくめる。


「さすがに賢いティアナ嬢でも、そこまでは気にならなかったようだね。
昔お世話になった人との再会だ。感情が先に来るのも無理はない」

「……それもそうですね」

レイは一瞬だけ考え込んでから、静かに続ける。

「そういえば、ナタリーさんの部屋の外に、見張るように立っている人物がいました。
施設の職員にしては不自然でしたね」

「ほう」

「その人物についても調べておきます」

「お、さすがだね」

私は楽しそうに口角を上げる。

「そういうところにすぐ気づいてくれるから、レイのこと好きなんだよ」

「……非常に有難いお言葉です」

そう言いながらも、表情は一切変わらない。
相変わらずだ。

「まあ、いい」

私は背もたれに体を預け、視線を宙に投げる。
部屋の外で、雷鳴が轟いた。


私は、ティアナ嬢が受け取ったという“小袋”のことを思い出す。

「ナタリーは何かを隠している可能性が高い」

「施設に潜り込んで調べますか?」

「いや、まずは静かに。
過去の経歴、ラピスラズリ伯爵家との関係、
そして――アイリスという女性との接点だ」

「承知しました」

レイは深く一礼する。

「ティアナ様には?」

「…まだ、知らせない。」

私はそう続けた。