夜明けが世界を染めるころ

「レイは小言が多い」

足を組み、ため息をつく殿下。
その姿に、少しだけ肩の力が抜ける。

紅茶を飲み終え、レオとトワ、ルイとは別れて、私たちは馬車の前に立つ。
さすが王国の馬車――光沢のある車体と上品な装飾が目を引く。

「護衛騎士のオーウェンです。よろしくお願いします」

団長の肩書を持つオーウェン。
王国騎士団でも指折りの実力者だと聞いている。

「こちらこそ、よろしくお願いします」

殿下と同じ馬車に乗り込む。
ユウリとオーウェン団長は別の馬車で、後方からついてくるようだ。
数名の騎士が馬にまたがり、周囲を固めている。

――まさか、2人きりで馬車に乗ることになるとは。
心臓が少しだけ早くなる。

「まずは、君の世話係をしてくれていた方の施設へ行くのでいいかい?」

「ええ、ありがとうございます」

「確か、ナタリーさんだったよね?」

「よくご存知ですね」

まさか殿下が知っているとは思わなかった。

「うん、私も見かけたことがあったからね。
もう80歳近いのかな」

穏やかな声の中に、ほんの少しの懐かしさと尊敬が混ざる。
――この距離で話す殿下は、豪華さよりも、意外と親しみやすさを感じさせる。

馬車は静かに動き出す。
窓の外に雨上がりの湖畔が広がり、少し湿った空気が頬をかすめる。


「はい、そうです。聞きたいことがありまして……ただ、物忘れがひどいようなのでちゃんと話せるかはわかりませんが」

「ナタリーさんが?」

殿下が少し怪訝そうに眉を寄せる。
――どうしたのだろう。

「そういえば、ティアナ嬢はお見合いしていると聞いたんだが、本当かい?」

急に目つきが鋭くなる。
その切り替わりに、心の中で少しびくっとする。

「ええ、一応。形だけ」

「紅輝オパール公爵家の次男、リチャードとの婚約が濃厚と耳にしたのだけれど、本当かい?」

――おいおい、どこからそんな情報を。
まさか噂話だけでなく、情報網でもあるのだろうか。

「ただ、二度ほど会っただけです。お断りしております」

……だが、このリチャード様はしつこい。
やんわり断っても、何度も誘いをかけてくるタイプだ。

「そうか。君のタイプではないのかい?」

「え、いやぁ……何と言いますか。
私のことを褒めているようで、実際にはこちらを見ていないというか。
手紙の内容も全て嘘っぽく感じてしまいまして」

小さなため息を吐く。

「私というより、ラピスラズリ伯爵家の地位や財産目当てなのではと、つい勘ぐってしまうんです」

こんなことを言えば、とても失礼にあたるかもしれない。
でも、ディラン殿下なら――
言いつけたりはしないだろうと、直感で思った。

殿下はじっと私の瞳を見つめる。
その視線の奥にあるのは、軽蔑でも驚きでもなく、ただ純粋な観察眼だけだった。