夜明けが世界を染めるころ

ティアナ side

今日は、ユウリと2人で街の奥にある個室付きのカフェに来ている。

厚手のカーテンで仕切られたこの部屋は外の喧騒から切り離され、声を潜めれば会話の内容までは漏れない。

ここは、お忍びで時折使う場所だ。
そして――ラピスラズリ伯爵家の人間で、私がここに出入りしていることを知っているのは、目の前に座るユウリただ1人。

内緒話には、これ以上ない場所だった。

「アイリス様についてお話しします」

ユウリの声は落ち着いている。
けれど、いつもより僅かに硬い。

それだけで、これから聞く話が軽いものではないと分かってしまう。

「うん、お願い」

「まず初めに……」

一呼吸置いてから、彼は告げた。

「アイリス様は、お嬢様の実のお母様です」

「……え?」

「マリアンヌ様とは血の繋がりはありません」

静かな声が、容赦なく続く。

「アドルフ様とアイリス様の子供――それが、お嬢様。貴女です」

私は、ティーカップへと手を伸ばしかけていた手が止まる。


「こちらをご覧ください」

ユウリが差し出したのは、薄い紙束だった。

「昨晩、アドルフ様の執務室で確認したものを複写してきました。
読まれた後は、必ず燃やしてください」

受け取った瞬間、紙の軽さとは裏腹に、指先にずしりとした重みを感じる。

「……わかったわ」

私は頷き、書類に視線を落とした。

――死亡診断書。

記載された名前を見た瞬間、胸の奥がひくりと痛んだ。

名前:アイリス
年齢:28歳
関係:アドルフ・ラピスラズリの内縁の妻

……若い。

数字として突きつけられると、想像していた以上に現実味があった。

そして、死因欄。

「死因:急性魔力衰弱」

私は、そこで一度ページを止める。

「これって…病死として処理されたってこと?」

「はい。対外的にはそう処理されています」

ユウリは一拍置いて、静かに続けた。

「ですが、魔力衰弱は“結果”であって、“原因”ではありません」

私は再び視線を落とす。

発症時刻。
死亡推定時刻。
立ち会い者――記載なし。

代わりに、備考欄には小さな文字が並んでいた。

『高純度魔宝石との接触歴あり』
『実験中の事故の可能性を否定せず』

「事故……の“可能性”?」

呟くと、ユウリは小さく首を振る。

「決定的なのは、こちらです」

指し示された別の紙。

「魔力循環路に外傷なし」
「防御結界、完全」
「外部干渉の痕跡なし」

「……矛盾してる」

言葉が、自然と零れた。

防御も制御も完璧。
外部からの攻撃も、装置の異常もない。

それなのに――対象者だけが死亡している。

「はい。通常、あり得ません」

ユウリの視線が、真っ直ぐ私を捉える。

「まるで――
魔宝石側が、アイリス様を“選んだ”かのような結果です」

胸の奥が、きゅっと縮んだ。

“選んだ”。

その言葉が、嫌なほどしっくりきてしまう。

「……ねえ、ユウリ」

私は、書類から顔を上げた。

「アイリス…いやお母様は、自分が死ぬかもしれないって……分かってたと思う?」

少しの沈黙。

「……おそらくは」

ユウリは、目を逸らさなかった。