夜明けが世界を染めるころ

書類を元の場所へ戻し、絵画を掛け直す。
痕跡はない。完璧だ。

静かに書斎を出て、歩き出す。

――その瞬間。

「ユウリ、こんな時間に何をしているのですか?」

背後から声が落ちてきた。
身体が、反射的に強張る。

だが、表情だけは崩さない。
何も知らない執事の顔を作り、ゆっくりと振り向く。

「こんばんは、スミスさん。実はお嬢様に紅茶をお持ちしたのですが、もうお休みになられているようでしたので……戻るところです」

自分の声が、思ったよりも落ち着いて聞こえた。

「ほう……良い香りですね」

スミスさんが一歩、距離を詰める。
心臓が跳ねる。

「カモミールですか。ちょうど飲み頃のようだ」

そう言って、ポットの蓋を開ける。
ふわり、と湯気が立ちのぼった。

――まだ、熱い。
時間の辻褄は合っている。

「はい。せっかくですので、よろしければお飲みになりますか?」

平静を装いながら、問いかける。
一瞬でも、目を逸らしてほしかった。

「いえ、私は結構です」

視線が、こちらを射抜く。
探るようでもあり、そうでないようでもある。

「それでは、おやすみなさい」

そう言い残し、スミスさんは踵を返した。

その背中が角を曲がるまで、私は動けなかった。

――まだ、終わっていない。

一歩、また一歩。
足音を抑え、自室へ向かう。

早く戻らなければ。
悟られる前に。

この屋敷は、
知りすぎた者に、決して優しくはないのだから。