夜明けが世界を染めるころ

大切なもの、そして――隠しておきたいもの。
アドルフ様がそれらを、この椅子から目の届く場所に置いているはずだ。

そう確信し、私は静かに椅子へ腰を下ろした。
本来なら、決して許されない行為だ。
だが今は仕方がない。私は――お嬢様の執事なのだから。

視線を巡らせる。

書棚。机。暖炉。
どれも違う。

ふと、入ってきた扉の脇に置かれた花瓶が目に留まった。
中には、淡い紫の花。

アイリス。

フリルのように波打つ花弁。ジャーマンアイリスだろう。
季節はすでに過ぎているはずだが、驚くほど丁寧に手入れされている。

――そういえば。

女性の名前は…アイリス様。

その花瓶の、すぐ上。
壁に掛けられた一枚の絵画へ視線が移る。

オレンジ、赤、ピンク、青。
幾重にも重なるグラデーションは、夜明け前の空のようだった。

違和感が、胸を刺す。

私は立ち上がり、慎重に絵画を外す。
背後へ手を伸ばす。

――あった。

壁に設えられた浅い空間。
そこから、封筒に収められた書類を取り出す。

時間はない。
ざっと目を走らせ、内容を叩き込むように記憶する。

……まさか。