すべてが終わったあと。
人の気配もまばらになった庭で、
トワは私の前に立ち、ぺこりと頭を下げた。
「あの……ありがとうございました」
「いえ」
ユウリが、いつもの穏やかな微笑みを向ける。
私はしゃがみ込み、トワと目線を合わせた。
「トワ。あなたは、私の弟よ」
小さな肩が、ぴくりと揺れる。
「理不尽なことを、我慢しなくていい。
やってもいないことを、受け入れなくてもいいの」
彼の手を、そっと包む。
「そんな時は、ちゃんと私があなたを守る」
まっすぐに、想いを伝える。
「だって――あなたは、私の弟でしょう?」
トワは目を丸くした。
まるで、その言葉の意味を初めて聞いたかのように。
しばらくして、少し戸惑ったように――
それでも、ほんのわずかに口元を緩める。
「……お姉様」
小さな声だった。
けれど確かに、
彼が初めて“家族を選んだ”瞬間だった。
それからのトワは、少しずつ変わっていった。
劇的な変化ではない。
けれど確かに――昨日とは違っていた。
私が「行こう」と声をかけると、
以前のように無言で距離を取ることはなくなった。
「……はい」
短い返事でも、逃げなくなった。
庭を歩き、街へ出かけ、
川辺で石を投げ、季節の花を眺めた。
最初はいつも一歩後ろ。
次第に隣へ。
気づけば、私の袖を掴む癖がついていた。
レオと一緒に料理をすれば、
卵を割るたびに真剣な顔をして見つめ、
「……殻、入ってます」
と小さく指摘してくる。
ルイに仕立ててもらった服を着ては、
落ち着かなさそうに鏡の前に立ち尽くし、
ヘアセットの仕方を教わると、
「すごいです」
と、素直に感嘆の声をあげた。
ユウリとの勉強の時間では、
理解が早すぎて逆に困らせてしまい、
「……他に補足はありますか」
と真顔で尋ねて、ユウリを苦笑させた。
セナに剣を教わるときだけは、
子どもらしく目を輝かせた。
木剣を握る手は小さいのに、
構えには一切の無駄がなく、
周囲がざわつくほどだった。
その様子を、少し離れた場所から
テオが何も言わずに見ていることもあった。
トワは相変わらず多くを語らなかった。
笑うことも少なく、
感情を表に出すこともほとんどない。
それでも――
夕暮れになると、自然と私の隣に立ち、
帰る時間になると、黙って袖を掴んだ。
それだけで、十分だった。
ある日、街で本を買った帰り道。
ふと、トワが立ち止まった。
「……楽しい、です」
消え入りそうな声だった。
聞き返そうとする前に、彼は顔を逸らす。
「その……こういう時間が」
胸の奥が、きゅっと締めつけられた。
ああ、きっとこの子は――
楽しさを“楽しい”と認識することすら、
今まで知らなかったのだ。
私はそっと、彼の頭に手を置く。
「そうね。私も楽しいわ」
トワは少しだけ目を伏せ、
それから、ほんのわずかに口元を緩めた。
それは笑顔と呼ぶには、あまりにも控えめで。
けれど確かに――
彼がこの場所に馴染んでいった証だった。
人の気配もまばらになった庭で、
トワは私の前に立ち、ぺこりと頭を下げた。
「あの……ありがとうございました」
「いえ」
ユウリが、いつもの穏やかな微笑みを向ける。
私はしゃがみ込み、トワと目線を合わせた。
「トワ。あなたは、私の弟よ」
小さな肩が、ぴくりと揺れる。
「理不尽なことを、我慢しなくていい。
やってもいないことを、受け入れなくてもいいの」
彼の手を、そっと包む。
「そんな時は、ちゃんと私があなたを守る」
まっすぐに、想いを伝える。
「だって――あなたは、私の弟でしょう?」
トワは目を丸くした。
まるで、その言葉の意味を初めて聞いたかのように。
しばらくして、少し戸惑ったように――
それでも、ほんのわずかに口元を緩める。
「……お姉様」
小さな声だった。
けれど確かに、
彼が初めて“家族を選んだ”瞬間だった。
それからのトワは、少しずつ変わっていった。
劇的な変化ではない。
けれど確かに――昨日とは違っていた。
私が「行こう」と声をかけると、
以前のように無言で距離を取ることはなくなった。
「……はい」
短い返事でも、逃げなくなった。
庭を歩き、街へ出かけ、
川辺で石を投げ、季節の花を眺めた。
最初はいつも一歩後ろ。
次第に隣へ。
気づけば、私の袖を掴む癖がついていた。
レオと一緒に料理をすれば、
卵を割るたびに真剣な顔をして見つめ、
「……殻、入ってます」
と小さく指摘してくる。
ルイに仕立ててもらった服を着ては、
落ち着かなさそうに鏡の前に立ち尽くし、
ヘアセットの仕方を教わると、
「すごいです」
と、素直に感嘆の声をあげた。
ユウリとの勉強の時間では、
理解が早すぎて逆に困らせてしまい、
「……他に補足はありますか」
と真顔で尋ねて、ユウリを苦笑させた。
セナに剣を教わるときだけは、
子どもらしく目を輝かせた。
木剣を握る手は小さいのに、
構えには一切の無駄がなく、
周囲がざわつくほどだった。
その様子を、少し離れた場所から
テオが何も言わずに見ていることもあった。
トワは相変わらず多くを語らなかった。
笑うことも少なく、
感情を表に出すこともほとんどない。
それでも――
夕暮れになると、自然と私の隣に立ち、
帰る時間になると、黙って袖を掴んだ。
それだけで、十分だった。
ある日、街で本を買った帰り道。
ふと、トワが立ち止まった。
「……楽しい、です」
消え入りそうな声だった。
聞き返そうとする前に、彼は顔を逸らす。
「その……こういう時間が」
胸の奥が、きゅっと締めつけられた。
ああ、きっとこの子は――
楽しさを“楽しい”と認識することすら、
今まで知らなかったのだ。
私はそっと、彼の頭に手を置く。
「そうね。私も楽しいわ」
トワは少しだけ目を伏せ、
それから、ほんのわずかに口元を緩めた。
それは笑顔と呼ぶには、あまりにも控えめで。
けれど確かに――
彼がこの場所に馴染んでいった証だった。
