ざわめきが再び広がり始めた、その時だった。
私がもう一度前に出ようとした瞬間――
きゅ、と。
小さな力が、私の手を掴んだ。
「……待ってください」
驚いて振り返る。
トワだった。
細い指が、確かに私の手を握っている。
これまで一度も、彼のほうから触れてきたことなどなかったのに。
「トワ……?」
視線を落とすと、彼は俯いたまま、唇を強く噛みしめていた。
すぐに離してしまいそうなほど弱い力。
それでも、離そうとはしなかった。
「……大丈夫です」
けれど、その声はいつもよりわずかに震えている。
「ティアナ様が、そんなふうに怒る必要はありません」
私は何も言えなかった。
トワはゆっくりと顔を上げる。
その瞳には、相変わらず感情らしい色は薄い。
けれど――そこには、はっきりと“迷い”があった。
「私は……」
言葉を探すように、少しだけ間を置く。
「私は、どうでもいいと……思っていました」
周囲の視線など、彼の耳には入っていないようだった。
「疑われても、責められても。
そういうものだと、そう処理すればいいと」
“処理”。
子どもの口から出るには、あまりにも冷たい言葉。
それでも彼は、続けた。
「でも……」
握る手に、わずかに力がこもる。
「あなたが怒ったのを見て、わからなくなりました」
初めて、感情に近い揺らぎが声に滲む。
「なぜ胸が苦しいのかも、
なぜ離したくないのかも、説明できません」
一度、息を吸い。
そして――自分の意思で、言った。
一度、息を吸い。
そして――自分の意思で、言った。
「だけど……これだけは言えます」
小さな手が、私の指を強く握り直す。
「僕は、ブローチを取ったりしていません」
はっきりと。
逃げるようでも、諦めたようでもない声だった。
それは初めて、
誰かに言わされた言葉ではなく――
自分の意思で選び、口にした言葉。
ざわめきが、ぴたりと止まった。
まっすぐ前を見据え、
世界に対して初めて「違う」と告げていた。
――ああ、この子は今、変わろうとしている。
感情を持たないまま生きる子どもが、
初めて“自分を守る言葉”を手に入れた瞬間だった
私がもう一度前に出ようとした瞬間――
きゅ、と。
小さな力が、私の手を掴んだ。
「……待ってください」
驚いて振り返る。
トワだった。
細い指が、確かに私の手を握っている。
これまで一度も、彼のほうから触れてきたことなどなかったのに。
「トワ……?」
視線を落とすと、彼は俯いたまま、唇を強く噛みしめていた。
すぐに離してしまいそうなほど弱い力。
それでも、離そうとはしなかった。
「……大丈夫です」
けれど、その声はいつもよりわずかに震えている。
「ティアナ様が、そんなふうに怒る必要はありません」
私は何も言えなかった。
トワはゆっくりと顔を上げる。
その瞳には、相変わらず感情らしい色は薄い。
けれど――そこには、はっきりと“迷い”があった。
「私は……」
言葉を探すように、少しだけ間を置く。
「私は、どうでもいいと……思っていました」
周囲の視線など、彼の耳には入っていないようだった。
「疑われても、責められても。
そういうものだと、そう処理すればいいと」
“処理”。
子どもの口から出るには、あまりにも冷たい言葉。
それでも彼は、続けた。
「でも……」
握る手に、わずかに力がこもる。
「あなたが怒ったのを見て、わからなくなりました」
初めて、感情に近い揺らぎが声に滲む。
「なぜ胸が苦しいのかも、
なぜ離したくないのかも、説明できません」
一度、息を吸い。
そして――自分の意思で、言った。
一度、息を吸い。
そして――自分の意思で、言った。
「だけど……これだけは言えます」
小さな手が、私の指を強く握り直す。
「僕は、ブローチを取ったりしていません」
はっきりと。
逃げるようでも、諦めたようでもない声だった。
それは初めて、
誰かに言わされた言葉ではなく――
自分の意思で選び、口にした言葉。
ざわめきが、ぴたりと止まった。
まっすぐ前を見据え、
世界に対して初めて「違う」と告げていた。
――ああ、この子は今、変わろうとしている。
感情を持たないまま生きる子どもが、
初めて“自分を守る言葉”を手に入れた瞬間だった
