ティアナ side
書斎で書類の確認をしていると、廊下から足音が聞こえた。
――珍しい。
彼がここまで来るのは、何かあった時だけだ。
トントン、と扉を叩く音。
「どうぞ」
「失礼いたします」
「どうしたの? セナ」
顔を上げると、相変わらず均整のとれた美しい体躯と、涼しげな目元。
けれどその表情には、わずかな迷いが滲んでいた。
「お忙しいところ、申し訳ありません」
「堅苦しい挨拶はいいわ。それで、何かあったの?」
セナは一瞬視線を伏せ、声を落として言った。
「実はここ1週間ほど、テオの様子がおかしくて……。
食事も睡眠も、ほとんど取れていないようです」
胸の奥が、ひくりと痛んだ。
「それだけでなく、夜中に騎士寮を抜け出す姿も何度か確認しています」
――やっぱり。
脳裏に浮かぶのは、あの日の訓練場。
深紅に染まった刀身。
感情を剥き出しにした斬撃。
そして――私が、2人の間に割って入った瞬間。
あの時、私は正しかったのだろうか。
止めることしか、できなかったけれど。
彼の心に、きちんと触れられていただろうか。
「わかったわ。少し、話を聞きに行ってくる」
仕事もひと段落していた私は、椅子から立ち上がった。
「今なら、騎士寮の自室にいると思います」
「ありがとう、セナ」
扉を出たところで、紅茶を運んできたユウリが足を止める。
「お嬢様、どちらへ?」
「テオの様子が気になるの。少し、2人で話してくるわ」
ユウリは一瞬だけ何か言いたげにしたが、静かに頷いた。
「かしこまりました」
騎士寮へ向かう前、私は厨房の前で足を止める。
「レオー、いる?」
「お嬢さーん! どうしたんすか? お腹空きました?」
「いつも空いてるわけじゃないわよ」
思わず苦笑してから続ける。
「テオに差し入れを持っていきたいの。
材料と場所、少し借りてもいい?」
「それなら、食パンと卵とベーコン、チーズがありますよ。
サンドイッチならすぐ作れます。俺も手伝います!」
「ありがとう」
厨房に入り、エプロンをつけ、髪を束ねる。
三角巾まで被ると、自然と少し気持ちが落ち着いた。
――こういう時間は、嫌いじゃない。
「それにしても、テオがどうしたんですか?」
「少し、元気がないみたい。
食事も睡眠も、きちんと取れていないって聞いたの」
「昔もありましたよね。テオが来た頃。
俺、勘違いで扉壊しちゃって」
「ええ……あの時は本当に驚いたわ」
思い出して、ふっと笑う。
「もう壊さないでね」
「わかってますって」
パンをナイフで切りながら話す。
けれど胸の奥には、あの日の光景が消えずに残っていた。
深紅の魔力。
震える剣。
何かを必死に断ち切ろうとするような、テオの横顔。
――私は、彼を止めただけだった。
彼が何を怖れているのか、
何に縋ろうとしていたのか。
それを、聞けていなかった。
だから今度は。
叱るためでも、命じるためでもなく。
ただ、ちゃんと話すために。
そっと心の中で決めていた。
書斎で書類の確認をしていると、廊下から足音が聞こえた。
――珍しい。
彼がここまで来るのは、何かあった時だけだ。
トントン、と扉を叩く音。
「どうぞ」
「失礼いたします」
「どうしたの? セナ」
顔を上げると、相変わらず均整のとれた美しい体躯と、涼しげな目元。
けれどその表情には、わずかな迷いが滲んでいた。
「お忙しいところ、申し訳ありません」
「堅苦しい挨拶はいいわ。それで、何かあったの?」
セナは一瞬視線を伏せ、声を落として言った。
「実はここ1週間ほど、テオの様子がおかしくて……。
食事も睡眠も、ほとんど取れていないようです」
胸の奥が、ひくりと痛んだ。
「それだけでなく、夜中に騎士寮を抜け出す姿も何度か確認しています」
――やっぱり。
脳裏に浮かぶのは、あの日の訓練場。
深紅に染まった刀身。
感情を剥き出しにした斬撃。
そして――私が、2人の間に割って入った瞬間。
あの時、私は正しかったのだろうか。
止めることしか、できなかったけれど。
彼の心に、きちんと触れられていただろうか。
「わかったわ。少し、話を聞きに行ってくる」
仕事もひと段落していた私は、椅子から立ち上がった。
「今なら、騎士寮の自室にいると思います」
「ありがとう、セナ」
扉を出たところで、紅茶を運んできたユウリが足を止める。
「お嬢様、どちらへ?」
「テオの様子が気になるの。少し、2人で話してくるわ」
ユウリは一瞬だけ何か言いたげにしたが、静かに頷いた。
「かしこまりました」
騎士寮へ向かう前、私は厨房の前で足を止める。
「レオー、いる?」
「お嬢さーん! どうしたんすか? お腹空きました?」
「いつも空いてるわけじゃないわよ」
思わず苦笑してから続ける。
「テオに差し入れを持っていきたいの。
材料と場所、少し借りてもいい?」
「それなら、食パンと卵とベーコン、チーズがありますよ。
サンドイッチならすぐ作れます。俺も手伝います!」
「ありがとう」
厨房に入り、エプロンをつけ、髪を束ねる。
三角巾まで被ると、自然と少し気持ちが落ち着いた。
――こういう時間は、嫌いじゃない。
「それにしても、テオがどうしたんですか?」
「少し、元気がないみたい。
食事も睡眠も、きちんと取れていないって聞いたの」
「昔もありましたよね。テオが来た頃。
俺、勘違いで扉壊しちゃって」
「ええ……あの時は本当に驚いたわ」
思い出して、ふっと笑う。
「もう壊さないでね」
「わかってますって」
パンをナイフで切りながら話す。
けれど胸の奥には、あの日の光景が消えずに残っていた。
深紅の魔力。
震える剣。
何かを必死に断ち切ろうとするような、テオの横顔。
――私は、彼を止めただけだった。
彼が何を怖れているのか、
何に縋ろうとしていたのか。
それを、聞けていなかった。
だから今度は。
叱るためでも、命じるためでもなく。
ただ、ちゃんと話すために。
そっと心の中で決めていた。
