夜明けが世界を染めるころ

「お嬢様、大丈夫ですか?」

銀色の髪の男がそう声をかけると同時に、俺の腹に鋭い衝撃が走った。
息が詰まり、床に叩きつけられる。視界が揺れた。

「ええ、大丈夫よ」

彼女の声は落ち着いていた。

「お、お前みたいな……恵まれた人間に、なにがわかるんだよ!」

叫んだ瞬間、喉が焼けるように痛んだ。
ほとんど何も食べていない体で声を出すのは、久しぶりだった。

「俺は、はじめから何もなかった。
こうやって生きていくしか知らないんだ。
……でも、もうどうだっていい」

俺の前に、彼女が屈み込む。
淡い光を宿した瞳が、まっすぐこちらを見つめていた。

「そうね。貴方と私は違うわ」

彼女は否定を恐れない口調で続ける。

「私は伯爵家の娘。
だから――貴方を、ここから連れ出すことができる」

その声は、驚くほど優しかった。

「……そんな同情、いらない」

「本当に?」

彼女は首をかしげ、静かに言う。

「貴方は、この世界しか知らない。
ちっぽけで、冷たくて、閉ざされた世界」

胸が、わずかに軋む。

「でも、外へ出たら――
生きていてよかった、そう思えることに出会えるかもしれない」