夜明けが世界を染めるころ

「それより、セナ副団長よりも心配なのは……テオの方だな」

ロベルト先輩が、ぽつりとそう言った。

「テオさんですか?
そういえば、最近は訓練に出ていませんね」

やはり、お嬢様に懐いているからだろうか。
少し、寂しさを感じているのかもしれない。

「見回りや警備の仕事には出ているみたいだが……」

ロベルト先輩は腕を組み、渋い顔をする。

「あいつは、俺たちがどうこうできるタイプじゃない。
もしお嬢様が、他の誰かと親しくなったりしたら……」

少し間を置いて、続けた。

「狼みたいに牙をむくかもしれん。
正直、何か起きるのは時間の問題だと思ってる」

「……それは、ちょっと怖いですね」

ロベルト先輩は頭を抱える。

嫌な予感が漂う中、
俺は話題を変えようと、先日のボランティアのことを思い出した。



孤児院でのボランティアを終えた、その帰り。

静けさを破ったのは、
お嬢様が無意識に使ってしまった――“共鳴”の力だった。

一瞬だけ、空気が震え、
感情が重なり合うような感覚が広がる。

すぐに収まったが――
それを、第2.第3騎士団の数名が目撃してしまった。

孤児院の一室。

重苦しい沈黙の中で、
誰よりも場違いな人物が、一歩前へ出た。

テオだった。

普段は誰にも頭を下げず、
必要以上に他人と関わらない男。

そのテオが、深く一礼した。

「……本日の件ですが」

低く、しかし驚くほど丁寧な声。

「お嬢様の力については、公にすべきではないと判断しました」

「どうか……ここにいる皆さんの胸に留めていただきたい」

隣にいたアレンは、思わず目を見開いた。

――テオが、頼んでいる?

命令でも威圧でもなく、
ただの“お願い”として。

ざわりと空気が揺れる中、
ゆっくりと前に出たのは、第2騎士団副団長・エリックだった。

「……これは驚いたな」

冷ややかな視線を向ける。

「黒狼と恐れられた野蛮人じゃないか」

貴族主義を貫く堅物。
第3騎士団を見下している張本人だ。

「確かに、その力は軽々しく語られるべきものではない」

そして、きっぱりと言った。

「だが安心しろ。私は騎士だ。
主人の秘密をばらすなど――美しくない」

その言葉に、張り詰めていた空気が、わずかに緩む。

「それに」

エリックは肩をすくめた。

「ティアナお嬢様には、我々も随分世話になっている。
孤児院の件しかり、マルク様の尻拭いもな」

すると第3騎士団の一人が笑う。

「今さら言われなくても、ですよ」

「お嬢様がどんな方か、俺たちは知ってます」

「恩を仇で返すほど、落ちぶれちゃいません」

「言いふらす? 冗談じゃない」

「誰かが口を滑らせたら、止めますよ」

次々とうなずく団員たち。

その光景を前に、テオはもう一度、深く頭を下げた。

「……感謝します」

その背中を見ながら、アレンは胸の奥がじんと熱くなるのを感じていた。

――力ではなく、人が守られている。
それが、ティアナお嬢様なのだと。



ロベルト先輩も、あの光景を思い出しているのだろうか。

俺は、あえて明るい声を出した。

「そういえば最近、第2騎士団との交流、増えましたよね!」

孤児院のボランティア以降、
挨拶を交わしたり、見回りが重なることも多くなった。

「ああ。ボランティアのときにな―」

ロベルト先輩は、少し目を細める。

「お嬢様は、誰に対しても平等だった。
第2騎士団の連中も、それを感じたんだろう」

「なるほど……だから自然に打ち解けられたんですね」

「お嬢様の影響力って、すごいな……」

「ほんとだよ」

ロベルト先輩は頷いた。

「あの人が笑顔で団員を見てくれるだけで、士気が変わる」

孤児院では確かに問題も起きた。
だが、それを口に出す者はいない。

――うまくいけば、第2騎士団と第3騎士団の間にある壁も、
いつかなくなるかもしれない。

そうなればいい。

心から、そう思った。