夜明けが世界を染めるころ

「お嬢様!」

駆け足でこちらへ向かってくるアリスの声に振り返る。

「どうしたの?」

ここまで慌てて来るということは、急用に違いない。

「アドルフ様がお呼びです」

「わかった。すぐ行く」

そう答えてから、セナの方を見る。

「セナ、ごめんね。また今度、ゆっくり」

そう声をかけて、そのまま駆け出した。
正直なところ、セナと一緒にいると頼ってしまいそうになる。
このタイミングで呼ばれたのは、かえって良かったのかもしれない。

――その時。

「お嬢様!」

背後から、張りのある声が響く。

振り返ると、セナがまっすぐこちらを見ていた。

「私は貴女の騎士です。何かあれば、いつでも頼ってください」


思わず笑って、くるりと振り返り手を振る。

「うん、ありがとう!!」

……屋敷へ続く石畳を駆け抜けながら、胸の奥が少しだけ軽くなっているのに気づく。
セナの一言は、相変わらず反則級だ。

(……ほんと、ずるい)

そう思いながらも、足は止めない。



自室に戻ると、アリスが手際よく準備を整えてくれていた。
言葉を交わす間もなく、慣れた動きで訓練着を脱がされ、淡い色のドレスに袖を通す。

――相変わらず早い。

鏡の前で身なりを整えながら、胸の奥に不安が広がる。

(まさか……蝶の会を探っていること、気づかれた?)

宝石事件についても、これ以上深入りするなと釘を刺されている。
もし両方とも把握されていたら、呼び出しの理由としては十分すぎる。

「お嬢様、整いました」

アリスの声で我に返り、軽く頷く。

「ありがとう」

深く息を吸い、背筋を伸ばす。
覚悟を決める。

「失礼いたします」

「入れ」

扉を開けて中へ入ると、応接室のソファに父が誰かと向かい合って座っていた。
年の頃は二十代半ばだろうか。こちらに背を向けていて、顔はまだ見えない。

「こちらに来なさい」

促されて父の隣に腰掛け、改めて向かいの人物を見る。

――この人は確か……。

先日のパーティーの名簿で名前を見て、軽く挨拶を交わした覚えがある。
二代公爵家のひとつ、紅輝オパール公爵家の次男。名前は――。

「お待たせして申し訳ありません。貴方は紅輝オパール公爵家のリチャード様ですね」

「まさかティアナ嬢に名前を覚えていただけているとは。とても光栄です」

彼は柔らかく微笑み、軽く頭を下げた。

「改めまして、公爵家のリチャード ファイアオパールと申します」

そばかすの残る顔に眼鏡をかけ、全体的に穏やかで知的な印象を受ける人物だ。