夜明けが世界を染めるころ

「では……サーフェスとお呼びしますね。
私は、ルナとお呼びください」

そう名乗ると、仮面の男は小さく頷いた。
それだけで、この場に“名前を持つ者”として認められた気がした。

「続けて」

促す声は穏やかだが、逃げ道はない。

私は一度、指先を握りしめてから口を開いた。

「最近、巷で起きている宝石に関する事件をご存じですか」

サーフェスの視線が、わずかに鋭くなる。
だが、口は挟まない。

「その事件では、怪しい宝石に魅せられ、大切な人が傷つきました」

胸の奥が、きしりと音を立てる。

「調べるうちに、憧れや欲望、嫉妬や憎悪。人の弱い部分に漬け込んで宝石がその人自身を変えてしまっていた」

言葉を選びながら、続ける。

「このまま進めば——
その人が、その人でいられなくなる」

沈黙。
だが、それは拒絶ではなかった。

「だから、調べました。
表に出ない情報を。
噂を。繋がりを」

そして、はっきりと言う。

「行き着いた先が——蝶の会でした」

サーフェスは、すぐには反応しなかった。
ソファに深く腰掛け、指を組む。

「なるほど」

低く、納得したような声。

「欲望でも、野心でもない。
“止めるため”に来た、か」

仮面の奥で、何かを測るような沈黙が流れる。

「ねぇルナ。宝石に、魅せられたのは弱い人間だ。
それを、君は全部救いたい…そういうこと?」

名を呼ばれ、背筋が伸びる。


「違います…私はそこまで優しい人間ではありません。
全てを救いたいなんて思っていません。

ただ自分の大切な人を…私を大切だと思ってくれている人達を悪意のある宝石と方法を使って陥れようとしたことが許せない」

力強く答えたつもりだ。
この言葉に嘘偽りはない。
だけど本音は、もっと単純だ。

気に入らない。

奪う側が笑い、
守ろうとした人間が傷つく世界を。

綺麗な正義じゃなくていい。
誰かに誇れなくてもいい。

私は、私の大切なものを踏みにじる存在を、
決して見逃さない。

サーフェスは私をじっと見つめる。

「君は、“大切な人を救うため”なら——
自分がどうなるかを、どこまで許容できる?」

その問いは、優しさではなかった。
現実を突きつけるためのものだ。

「蝶の会はね、ルナ。
誰かを救うために入る場所じゃない」

静かに告げる。

「入った時点で、必ず何かを壊す。
たとえ目的が正しくても、代償は等しく払わされる」

少し間を置いて、続けた。

「それでも、君は来た」

サーフェスは、初めて仮面の奥で微かに笑った。

「……いいだろう。
君は、自分の嘘を自覚している」

テーブルに手を伸ばし、指で軽く叩く。

「ひとつ、教えてあげよう。
宝石事件、いや魔女の雫事件は—偶然じゃない」

空気が、張り詰める。

「あれは序章だ…」

彼は、はっきりと言った。

「そして、その中心に
蝶の会が存在しない事件は、一つもない」

逃げ場のない真実。

「ここから先を聞くかどうかは、君が決めなさい。ルナ」

扉の方へ、視線を向ける。

「今なら、まだ“戻れる”」

そして、こちらを見る。