夜は、異様なほど静かだった。
ラピスラズリ伯爵家の使用人棟。
灯りを落とした自室で、私は机の上に最低限の装備を並べていた。
魔宝剣、隠し針、予備の手袋、仮面――どれも、執事としてではなく、影として動くためのものだ。
南の温室。
“羽化”の夜。
合言葉は、白い蝶。
ここまで条件が揃っている以上、蝶の会は必ず動く。
問題は、その中身だ。
宝石を身につけると気分が高揚する。
単なる噂で片づけるには、あまりにも一致点が多すぎる。
もしそれが薬物や魔術的な作用を持つものなら――
知らずに踏み込んだ者は、簡単に抜け出せなくなる。
私は手袋を手に取り、指先でなぞった。
自然と、別の顔が脳裏に浮かぶ。
――ティアナお嬢様。
好奇心が強く、聡明で、そして危ういほどに大胆だ。
この件を知れば、止めても動くだろう。
だからこそ、今夜は知らせない。
それが忠誠であり、裏切りでもあると分かっていながら。
この夜を越えれば、
蝶の会の正体に、必ず触れることになる。
それが、光であろうと、
決して戻れない闇であろうと。
私は仮面を手に取った。
――潜入は、今夜だ。
夜気は冷たく、邸の庭園は月明かりに沈んでいた。
昼間の穏やかな景色とは違い、どこか息を潜めたような静寂が広がっている。
屋敷の裏に止めた馬車に向かおうと裏門から向かう。
裏門の鍵に手を掛けた、その瞬間だった。
「――やっぱり、ここにいた」
澄んだ声が、夜気を切り裂く。
反射的に振り返ると、月明かりの下に2つの影があった。
ひとりは、淡い光を反射するドレスに身を包んだお嬢様。
夜会用の装いだ。髪は整えられ、首元には控えめな宝石。
だがその佇まいは、華やかさよりも張り詰めた空気を纏っている。
そして、その半歩後ろ。
銀髪、切れ長の瞳。
夜の闇に溶け込むように立つ男――セナ。
「……お嬢様」
ユウリの視線は、自然と二人の装備へ向かった。
お嬢様は仮面を手にしており、セナもスーツを着ている。
偶然ではない。最初から出るつもりだった。
「やっぱり、ユウリも行くのね」
お嬢様そう言って、仮面を胸に抱いた。
「南の温室。“羽化”の夜。合言葉は白い蝶」
一語一句、外さない。
「……どこまでご存じですか」
「全部じゃない」
はっきりと首を振る。
「でも、宝石のことも、競売のことも、蝶の会が“選別”をしていることも」
視線が鋭くなる。
「それで?
私だけ、何も知らないまま屋敷で大人しくしてろって?」
「…お嬢様やはりあなたが関わるには、危険すぎます」
「それは、ユウリ1人で行かせるより?」
その言葉に、一瞬言葉を失う。
私は、ゆっくりと息を吐いた。
「……セナ」
セナと視線を合わせる。
「止められると思うか?」
セナは苦く笑った。
私の知らない裏でお嬢様が何か企んでいると思ったらセナ一人相手に6人がかりで倒した話は聞いた。
そこでお嬢様に諦めさせられたのだろう…
この件から遠ざけることを。
「いいえ。止められない。
10年前から、ずっとそうでしたね」
ふっと笑うと
お嬢様が少しだけ肩をすくめる。
「ほらね」
ラピスラズリ伯爵家の使用人棟。
灯りを落とした自室で、私は机の上に最低限の装備を並べていた。
魔宝剣、隠し針、予備の手袋、仮面――どれも、執事としてではなく、影として動くためのものだ。
南の温室。
“羽化”の夜。
合言葉は、白い蝶。
ここまで条件が揃っている以上、蝶の会は必ず動く。
問題は、その中身だ。
宝石を身につけると気分が高揚する。
単なる噂で片づけるには、あまりにも一致点が多すぎる。
もしそれが薬物や魔術的な作用を持つものなら――
知らずに踏み込んだ者は、簡単に抜け出せなくなる。
私は手袋を手に取り、指先でなぞった。
自然と、別の顔が脳裏に浮かぶ。
――ティアナお嬢様。
好奇心が強く、聡明で、そして危ういほどに大胆だ。
この件を知れば、止めても動くだろう。
だからこそ、今夜は知らせない。
それが忠誠であり、裏切りでもあると分かっていながら。
この夜を越えれば、
蝶の会の正体に、必ず触れることになる。
それが、光であろうと、
決して戻れない闇であろうと。
私は仮面を手に取った。
――潜入は、今夜だ。
夜気は冷たく、邸の庭園は月明かりに沈んでいた。
昼間の穏やかな景色とは違い、どこか息を潜めたような静寂が広がっている。
屋敷の裏に止めた馬車に向かおうと裏門から向かう。
裏門の鍵に手を掛けた、その瞬間だった。
「――やっぱり、ここにいた」
澄んだ声が、夜気を切り裂く。
反射的に振り返ると、月明かりの下に2つの影があった。
ひとりは、淡い光を反射するドレスに身を包んだお嬢様。
夜会用の装いだ。髪は整えられ、首元には控えめな宝石。
だがその佇まいは、華やかさよりも張り詰めた空気を纏っている。
そして、その半歩後ろ。
銀髪、切れ長の瞳。
夜の闇に溶け込むように立つ男――セナ。
「……お嬢様」
ユウリの視線は、自然と二人の装備へ向かった。
お嬢様は仮面を手にしており、セナもスーツを着ている。
偶然ではない。最初から出るつもりだった。
「やっぱり、ユウリも行くのね」
お嬢様そう言って、仮面を胸に抱いた。
「南の温室。“羽化”の夜。合言葉は白い蝶」
一語一句、外さない。
「……どこまでご存じですか」
「全部じゃない」
はっきりと首を振る。
「でも、宝石のことも、競売のことも、蝶の会が“選別”をしていることも」
視線が鋭くなる。
「それで?
私だけ、何も知らないまま屋敷で大人しくしてろって?」
「…お嬢様やはりあなたが関わるには、危険すぎます」
「それは、ユウリ1人で行かせるより?」
その言葉に、一瞬言葉を失う。
私は、ゆっくりと息を吐いた。
「……セナ」
セナと視線を合わせる。
「止められると思うか?」
セナは苦く笑った。
私の知らない裏でお嬢様が何か企んでいると思ったらセナ一人相手に6人がかりで倒した話は聞いた。
そこでお嬢様に諦めさせられたのだろう…
この件から遠ざけることを。
「いいえ。止められない。
10年前から、ずっとそうでしたね」
ふっと笑うと
お嬢様が少しだけ肩をすくめる。
「ほらね」
