夜明けが世界を染めるころ

馬車が止まる。
その振動で、お嬢様が小さく身じろぎした。

「……着いた?」

「はい。もうすぐ街です」

目を擦ろうとした手を、そっと止める。

「そのままで。化粧、少し直します」

「ん……お願い」

抵抗もなく任されるあたり、本当に無防備だと思う。

「少し失礼します」

俺はお嬢様のポーチから小さな布と、アリスに教わった最低限の化粧道具を取り出す。
鏡を差し出すと、お嬢様は半分眠そうな目でこちらを見る。

「目元、少しだけですね」

「やっぱり?」

「ええ。でもこれぐらいなら問題ありません」

布で優しく目元を押さえ、崩れた部分を整える。
寝起きのせいか、いつもより睫毛が伏せがちで、呼吸も近い。

……近すぎる。

「セナ、慣れてるね」

「アリスさんに何度かしごかれましたから」

「ふふ、あの人厳しいでしょ」

「はい。容赦ありません」

唇の乾燥も軽く整え、最後に髪の乱れを指先で直す。
スミレ色の髪が、いつも通りきちんと収まった。

「――よし。完璧です」

「ありがとう。ほんと助かる」

微笑むその顔は、もう“外に出る顔”だった。
さっきまで俺の肩で眠っていた人とは思えない。

馬車の扉が開く。
俺は一歩引き、いつもの位置に戻った。

「行きましょう、お嬢様」

「うん。……さっきのことは、内緒ね」

小さく囁かれ、俺は何も答えずに頭を下げる。

それでいい。
それが、俺の立場だ。