夜明けが世界を染めるころ


「はぁ。今日で3人目だよ。心配させるつもりはないんだけどね」

ため息をつきながら窓の外を見つめるお嬢様。その3人が誰かは想像に容易い。
ラピスラズリ家の人間は、正直嫌いだ。
当主は、仕事ができる人だが冷徹無慈悲。その妻は、派手好きでバカな息子を溺愛しており、お嬢様に冷たい。
そのバカ息子 マルクは論外だ。次期当主の自覚がこれっぽっちもない。

「心配ぐらいさせて下さいよ。」
そう言ってお嬢様の隣に腰掛ける。

「街まで時間があります、肩を貸すので少し寝てください」
横からふふっと心地よい笑い声が聞こえ、こてんと頭を寄せるお嬢様。しばらくするとスーッと寝息が聞こえてきた。

規則正しい寝息が、こんなにも近い。
肩に伝わる重みは軽いはずなのに、なぜか身動きが取れなかった。

……無理もない。
この人は、いつも無理をしている。

ラピスラズリ家の重圧と責務。
誰にも弱音を吐かず、全部自分で抱え込んで。

俺の肩に凭れながら、少しだけ眉間の皺が緩んでいる。
眠っているときぐらい、年相応の顔をすればいいのに。

「……頑張りすぎですよ」

聞こえないとわかっていて、呟く。
窓の外では、街道沿いの木々がゆっくりと流れていく。

守るべき立場は、最初から決まっている。
俺は従者で、この人は主。
それ以上でも、それ以下でもない――はずだ。

それでも。
こうして無防備に眠る姿を見るたびに、思ってしまう。

せめてこの短い道中だけは、
誰にも邪魔されず、安らかでありますように、と。

馬車は静かに揺れ続ける。
俺はただ、肩に伝わる温もりを逃さないよう、息を殺して座っていた。