妹に代わり泉に身を投げた私、湖底の街で愛を知る 〜虐げられた私が幸せを築くまで〜

 夜、執務室。
 アダンは最後の書類に目を通した後、椅子の背もたれに寄りかかった。彼はエーヴァに対面した時を思い出す。
 最近の彼女は、イルゼの手入れにより更に美しくなっている。乾燥していた髪は、香油を使用しているからか指通りが良くなった。元々華奢だった身体は食事の量が増えたことで、今では程よく肉がついている。以前よりも健康的な印象になっていた。

 アダンは毎回彼女の可憐さに視線が釘付けになっていた。

 そしてあの件から、彼女は一歩踏み出そうとしていることを目の当たりにした。
 今回の件もそうだ。アダンが最初にこの場所へと来たときは、一人でなんでも熟そうと執務室に篭り切りとなっていた。
 地上で虐げられ、騙され、そして泉に入水したアダン。当時は人間不信となっており、なかなか周囲に心を開こうとはしなかった。
 けれども彼女は自分を覆う殻を破り、外へと出ようとしている。その前向きな姿勢に好感を持った。

 だからだろうか、エーヴァに会うたびにアダンは胸に言い知れぬ気持ちが込み上がるのだ。その形にしがたい思いは、今までになかったもの。
 その気持ちの意味を理解することができず、必要以上に構えてしまうため無口に拍車をかけていた。
 
 これは自分にはない強さを持つ彼女に対する敬愛の念か……それとも……。

「アダン様、アダン様!」

 ふと気がつくと、目の前にいたのはレナートだった。彼は困惑した表情で、アダンを見ている。彼は姿勢を正してから、レナートに向き合った。

「すまない」
「いえ、問題ございませんが……もしや、お疲れですか?」
「いや、考え事をしていた」

 何事もないということを告げると、レナートは胸を撫で下ろす。
 
「最近お忙しいですから……今日は休まれてはいかがでしょうか?」
 
 アダンは部屋の中を一瞥してから、レナートの言葉に同意した。

「そうしよう」
「では、使用人にそのように伝えておきますので」

 そう告げて彼は扉から出ていく。アダンは扉が音を立てて閉まるまで、じっとそれを見つめていた。