妹に代わり泉に身を投げた私、湖底の街で愛を知る 〜虐げられた私が幸せを築くまで〜

 頭の中では、帰ったらお父様におねだりをしようと考えていた。現在我が家も殿下との婚約が整ったことで、恩恵を受けているらしい。多くの貴族が媚を売りに我が家へとやってきて、何かしら置いていってくれるの。
 お父様とお母様はそれらを裏で売り飛ばしながら、私のドレスや装飾品を購入してくれる。そのため私の衣裳部屋は、ドレスで満杯になっているの。

 次は隣国で作られている薄くて美しい布を利用したドレスを作成してもらおうかしら?
 それともこの前ある貴族が置いていった宝石で装飾品を仕立ててもらおうかしら?

 殿下の婚約者ですもの。これくらい普通よね。
 
 私はお父様とお母様にどう強請ろうか、と考えながら歩いていく。今回も無事に馬車へと辿り着き、最後まで揚げ足を取られないように丁寧に馬車へと入った。
 ここで気を緩めてはいけない。この後動き出すまでは、家庭教師が入ってくるかもしれないのだ。及第点以上であれば馬車は進むのだが、それ以下であれば家庭教師にくどくどとお説教されなくてはならない。

 いつも側仕えをしている侍女が入ってくる。そして彼女が椅子へと座ると、馬車はゆっくりと動き出した。
 幸い今日は及第点以上貰えたということだろう。ほっと胸を撫で下ろした私は、緊張の糸がぷつりと切れる。

 しばらくの間、私は外を眺めていた。
 いつも同じ景色、いつも同じ行動、いつも同じ会話……以前と比べて刺激が少ないこの生活に、私はひとつため息をついた。
 だからだろうか、珍しく口から言葉が溢れる。

「どこかで気晴らしができればいいのだけど……」
「お嬢様」

 目の前の侍女から言葉が返ってきた私は、驚いて彼女を見つめる。もしかしたら家庭教師に報告されるかもしれない、と思ったからだ。けれども、彼女は淡々とした様子で胸から一通の手紙を差し出した。
 
「こちら、ある方からの手紙でございます。お嬢様宛だったので、先にお渡しいたします」

 礼儀作法を考えれば、こんな手紙を受け取っていいはずはない。それは頭で理解している。けれども、私はその手紙を手に取り、じっと見つめていた。
 代わり映えがしない日々を私は退屈していたのだ。この手紙はこの単調な生活を変えてくれるのではないか……そんな気がした。

 ――リリスは気づかない。
 何故リリス付きの侍女が、知らない者からの手紙を受け取っているのかを……。普通であれば屋敷に送るよう告げて、手紙の受け取りを固辞するはずなのに。
 暗い気分を吹き飛ばすような甘美な誘いに、リリスが興味を惹かれないわけがなかった。

 
 私は侍女に封を開けさせた後、手紙に目を通す。
 そして楽しそうな誘いに、私はニヤリと口角を上げた。

「返事を書くわ。この手紙はお父様とお母様に見つからないよう、あなたが処分して」

 そう告げた私に、侍女は頭を下げた。

 そこからは楽しかった。
 彩のなかった日常が、鮮やかな色に包まれたような気分になる。
 
 あの手紙の主は仮面舞踏会の主催者だった。王宮で気を張っている私を遠くから偶然見て、誘ってくださったのだとか。

 舞踏会は一週間後。

 幸い着ていないドレスは沢山ある。
 私はお父様とお母様に内緒で、侍女と二人で着ていく服を選んだ。当日は怪しまれるといけないと思った私は、家庭教師が終わった後、体調不良と称して部屋へと引き篭もる。

 最初は部屋に付いてこようとしていたお母様とお父様だったけれど、軽い頭痛であること、もし病気であれば二人に移したくないから、と言えば満面の笑みで「いい子だ」と褒めてくれた。
 体調が急変した時は侍女から知らせると約束をすれば、両親も二つ返事で了承してくれる。

 ついでにおずおずと二人にはこっそり仕入れておいたお酒を贈り、日頃の感謝を告げた。ぜひ今日飲んでほしい、と伝えれば二人は感涙し、ゆっくり堪能してくれるらしい。

 これで私が抜け出せそうな環境も整った。
 手紙を渡した侍女と何人かの使用人が当日は手伝ってくれるのだとか。私はまだ見ぬ舞踏会に想いを馳せた。