妹に代わり泉に身を投げた私、湖底の街で愛を知る 〜虐げられた私が幸せを築くまで〜

 ――胸が強く鳴った。

 私は無意識に手を伸ばし、その本を取った。そしてどんどん読み進めていく。最初の頁を読むと、やはり自分と同じような立場の方がいたらしい。
 聖務者だと神託を受けた弟……けれども、弟を失うことに耐えられなかった両親は、迫害していた兄を聖務者として仕立て上げる。
 その企みは成功し、無事に兄を聖務者として泉に送り出した――。

 そこまで読んだ私は、音を立てて本を閉じる。
 読んでいられなくなってしまったからだ。この本に書かれている兄と私の境遇はほぼ同じであり……まるで自分がなぞってきた歴史をもう一度体感しているよう。

 けれども、私はその本を棚に返そうとは思えなかった。
 漠然とではあるけれど、この本は読まなくてはいけない、そう思ったからだ。

『君が次に手に取った本、それが君の運命かもしれないね』

 セファーさんが言っていたのはこのことだったのかもしれない。
 ふと、彼が用意してくれたテーブルが目に入る。私は今持っていた本をそのテーブルに置いた。落ち着いたら後で読もう、そう決めて。

 その後私は再度本棚に置かれている本を物色する。そして幾つか目ぼしい本を見つけた私は、椅子に座ってから本を読み始めた。
 久しぶりに本を読んだからだろうか、私は食事を忘れるほど集中していたようだ。ふと名前を呼ばれたような気がして顔を上げると、目の前には腰に手を当てて仁王立ちしているイルゼさんがいた。
 
「エーヴァちゃん、もしかしてお昼も食べずに……ずっとここにいたの?」
「あ……はい」

 思わず私は本で顔を隠す。イルゼさんの視線に耐えられなかったからだ。最初は肩を強張らせて隠れていたが、イルゼさんが口を開かないことに疑問を持った私は、恐る恐る本の後ろから彼女の顔を見た。
 その様子を見たイルゼさんは手で目を覆ってから、天井を向く。そのままの状況で止まっていたイルゼさんだったけれど……しばらくして私を見つめた。
 
「食事はとらないと、身体に悪いわ。昼食はとるようにしましょう? あ、それとノアが探していたわよ? エーヴァちゃんがいないって。昼食の時はアダン様が宥めていたわ」
「あ……!」

 最近はずっとみんなで食事をとっていたから、抜くのは久し振りだ。
 それほど集中していたのか……と私は縮こまる。ただ、私としてはまだまだ読み足りない。まぁ、明日にでも読みにくれば良いだろうか、と考えていたところに陽気な声が聞こえた。
 
「あ、そこの本は持っていって良いよぉ〜! ちゃんと返してくれればいいからさぁ」

 セファーの声だ。イルゼさんはどこから聞こえたか分からないと、辺りを見回している。二人で顔を見合わせた後、イルゼさんはテーブルに置かれていた数冊の本を持ち上げた。
 
「エーヴァちゃん、これを持っていけばいい?」
「イルゼさん?!」

 申し訳ないと思った私は慌てて声をかける。
 この中には読み終えた本も入っているため、全部を持っていく必要はないからだ。

「あの、読み終えた本もあるので片付けます! それに、私が使用する本なので、自分で持っていきます!」
 
 思わず叫ぶ。
 他人に持たせるなんて叱責が……と考えて、はたと気づく。ここは公爵邸でないことに。
 けれども、イルゼさんに持たせるのも申し訳ないと思い、私は必要な本だけ避けておく。
 
 残りは足早に本棚へと本を戻していった。残りは最初に読んでいた本も含めて三冊ほど。
 これなら私でも持っていけるだろうと思い手を伸ばすと、それを掻っ攫うようにイルゼさんが持ち上げた。

「エーヴァちゃん、昼を食べていないでしょう? 力が出ないと思うから、私が持っていくわ!」
「ですが――」

 私が反論しようとした瞬間、近くで大きな音が鳴った。
 何かと思ったけれど……どうやら私のお腹の音だったらしい。恥ずかしさから顔を真っ赤にする。最初はイルゼも目を丸くしていたが、私が俯いたのを見て、声を上げて笑った。

「お腹は正直だねぇ。本は重くないし私が持っていくわ! 一旦置いたら軽く食べましょうか」
「……はい」

 私は素直に同意をし、イルゼさんの後をついていった。