妹に代わり泉に身を投げた私、湖底の街で愛を知る 〜虐げられた私が幸せを築くまで〜

「え、えっと……?」

 いきなり訊ねられて狼狽えている私に、アダン様は続けた。

「すまない。食べたいのであれば、そちらに何か持っていくが……」

 そこまで聞いて私はアダン様の言葉を理解した。私がテーブルに移動して、食事ができるかどうかを確認したかったのだ。セファーさんがアダン様のことを「言葉が足りない」と言っていたが……その意味を悟った。
 私も似たようなものだ。何を言っても継母や異母妹、実父に否定されてきたからか……最近は肯定の言葉しか口から出ていない。言い淀んでしまうのも、自分の気持ちをうまく言語化できないからだろう。

 私は首を左右に振ってから、ベッドを降りようと床に足をつける。私が椅子に座って食べようとしていることに気がついたのだろう。アダン様は私の元へと来てくださり、手を差し伸べてくれた。

 ――やはり、この方はお優しい。

 私はお礼を告げてから、そっと手を乗せる。そして普段のように立ち上がろうとした瞬間……足に力を入れることができず、私は直立不動のまま床へと倒れていく。思わず目を瞑るが、床へ倒れ込む前に何かに支えられる。
 恐る恐る目を開けると、私の顔の横にはアダン様の顔が。どうやらアダン様と抱き合う形になってしまったらしい。

「あ、アダン様、申し訳ございません!」

 慌てて謝罪をしてから、私は彼から離れようと彼の胸板を押すがびくともしない。それどころか、彼の鼓動やぬくもりが私の手のひらに伝わってくる。私にとってはまるで時間が止まったかのように……触れ合っている時間を長く感じていた。
 実際は一瞬の出来事だっただろう。アダン様は私の謝罪を聞いた後、ゆっくりと私をベッドへと横たわらせる。その時の彼は、顔色ひとつ変えなかったけれど、態度で私を労ってくれているのだろうと感じた。

「幾つか持ってこよう」

 その宣言通り、彼は食べやすそうなものを幾つか持ってきてくれる。けれども、私は何を食べたら良いか分からず、手前に置かれていた丸くて茶色の食べ物を手に取った。
 それは少し硬く、白っぽい食べ物だった。口に運ぶと、ほんのりと甘さを感じる。アダン様から『クッキー』というお菓子だと教えてもらった。
 
「おいしぃ……」

 ポロリと言葉が突いて出る。その瞬間、私の身体が強張った。
 不用意に口を開くと、継母の折檻が待ち受けている……そこまで考えて、私はハッと気づく。今目の前にいるのは、継母ではなくアダン様だったからだ。心臓が跳ね上がった私は、ゆっくりと顔を覗き込む。
 彼は眉ひとつ動かすことなく、ワゴンの上にある紅茶を淹れている。どうやら私の挙動不審な様子に気づいていないようだ。

 私はアダン様の目を盗んで、小さくひとつため息をついた。