成人式以来、15年振りに行われた中学の同窓会。
30代にもなると、15年ぶりに会う同級生は自己紹介をしてもらわないと名前も出てこない人ばかりだけれど、定期的に集まっていたメンバーは、すぐに私を見つけて声をかけてくれた。
「久しぶり香緒〜!」
「香緒ー!」
「香緒ちゃん久々〜!」
私は手に持っていた同窓会の案内状をカバンにしまった。
「みんな、久しぶり!すごい人数だね」
地元の駅から直通のホテルが会場だったからか、遠方からの参加率が良かったらしく、全クラス合わせると結構な人数だった。
「うちの中学、この辺じゃマンモスだったからね。お疲れ、香緒」
そう言って私にシャンパングラスを手渡してくれたのは、大学まで一緒だった腐れ縁の友人、希美。
「ありがと希美。間に合ったんだ」
「なんとかね〜。そのままのメイクで来たからちょっと気合い入った奴みたいになっちゃったけど」
希美はCAをしていて、仕事で今日の同窓会は間に合うか微妙と言っていた。
1番仲が良かったし、希美が居なかったら正直1人で行くのは微妙だったから間に合ってくれて助かった。
「それにしても35歳にもなると皆さ、身の上話が長くて長くて。嫌んなっちゃう。大体旦那か子供の話だし」
そうボヤきながら希美はシャンパンを一気に口に流し込み続けた。
「自分自身に誇れるものは無いのかー!って言いたくなるわね」
その言葉に私は苦笑いする。
この歳になると、周りは皆結婚して、子供産んで。
共働きで育休使う人もいるけど、一度外れたキャリアを元の軌道にのせるのには何年もかかる。
多様性とか言いながらも、実際はまだまだこれがセオリーな気がする。
結婚もしていない私はそのどれにも当てはまらないけれど。
「希美は最近どうなの?パイロットの同期と付き合ってなかった?」
私はシャンパンをひと口飲んで希美に聞いた。
「あー、あんなのもうとっくに別れたよ。クソ女たらし」
「そうなの?長かったよね」
「まぁね。長く一緒にいるから結婚するとは限らないってことね。今は新しい恋を探し中。今日もその一環、なんちゃって」
希美はそう言って肩をすくめてみせた。
腐れ縁とはいえ、希美とも社会人になってからはめっきり会う頻度が減った。
こうして久々に会うと、話が尽きない。
しばらく談笑していると、挨拶回りを終えた何人かの友人たちが戻ってきて「ねぇねぇ見た?」と興奮気味に私たちに聞いてきた。
私と希美は2人で顔を見合わせ、「何が?」と返す。
「柏木だよ!ほら、あの柏木寛!オーラ出てたよね〜、別格だわ」
“柏木寛”
その名前にぴくりと眉毛が動く。
「実家が極太だとは聞いてたけど、ここまでとはね。もう彼が次期社長に決まってるって」
「しかもしかも、結婚するらしい。それも政略結婚!なにそれドラマかよってね」
隣で興味なさげに聞いていた希美がチラリと私を見た。
「結婚だって。香緒知ってた?」
こっそりと私に耳打ちした希美。
「知らない知らない。何の情報もなかったよ」
「ふぅん、そっか」
私と希美のやり取りに、柏木寛の話をしていた1人が思い出したように声を発した。
「そういえば、柏木と香緒って中学のとき“何か”あったよね?」
“何か”
ふんわりとした言葉でまとめられた、かつての思い出。
私は誤魔化すように「ハハ。あったような無かったような。もう忘れちゃった」とその場をおさめた。
嘘。
あった。無かったことになんて出来ない。
だって私はこんなにも鮮明に覚えてるんだから。
「香緒、」
何か言いたげに私を見つめる希美に、私は軽く微笑むと「先生のとこ行こうよ」と手を引いてその輪から離れた。
柏木寛が結婚する。
私には関係ない。
関係ないはずなのに、心が痛む。
それはきっと、後悔しているから。
あの時。まだ中学生だったあの頃。
私にほんの少し勇気があったら。
いま、彼の隣にいたのは私だったのかな、なんて。
それから先生に挨拶をしたり、同じクラスだった人たちと思い出話をしたりしているうちに、あっという間に同窓会は幕を閉じた。
クラスが違った柏木寛とは、一度も顔を合わせることは無かった。
「女性陣。二次会、駅前の焼鳥屋でやるから現地集合な。場所送っといたから」
当時、学級委員長をやっていた椎名くんがスマホを掲げながら言った。
「焼鳥屋?匂いつくじゃーん」
希美が言いながらも楽しそうにスマホを開いた。
「すぐ近くだ。一緒に行こうよ香緒」
「うん」
私は既に酔っ払い気味の希美を連れて、ホテルのロビーで一緒になった椎名くんと共に二次会会場へと歩いた。
「酒、強いんだな。原田」
椎名くんは千鳥足の希美の腕を支えながら私に言った。
「2杯しか飲んでないだけだよ」
「なんだ。コイツが飲み過ぎなだけ?」
「そうだね。希美は結構飲んでた」
「弱い奴ほど飲むんだよな。ほら、シャキッと歩けシャキッと」
そう言われた希美は、椎名くんに寄りかかるとネクタイを掴んだ。
「はぁ?うるさい椎名。アンタ昔私のこと好きだったくせに。気安く触んないでよタコ」
「…何だそれ。いつの話してんだよ、この酔っ払い」
「好きでもない女と結婚するからアンタみたいにバツがつくのよ。バーカ」
「ハイハイそうですね」
思い返せば2人は昔からこんな感じだった。
顔を合わせては口喧嘩して。
大体いつも吹っ掛けるのは希美だけど、痴話喧嘩にしか見えなくて、側から見てもお似合いだった。
なんで付き合ってなかったのか、不思議なくらい。
「そういえば原田、知ってる?時の番人のウワサ」
半分寝ながら歩いている希美を支えながら、唐突に投げかけられた聞き覚えのないワード。
「え?何それ。小説か何か?」
「違う違う。俺もさっきの一次会で聞いたんだけど…」
椎名くんが言うには。
この駅から出発する、下りの23時55分発の最終列車4両目。
進行方向に向かって右側の何列目かの座席。
そこに座ると現れる“時の番人”と名乗る人物。
その姿は、女性だったという人もいれば、男性だったという人もいる。
その時々で姿形がてんでバラバラらしい。
ここ1年の間に、目撃談が後を立たないという。
「都市伝説みたいな話だね。それに、何なの?その“時の番人”って」
「それがさ………
タイムリープ。
出来るらしいんだよ、そいつに出会うと」
椎名くんは至って真面目な顔で、私にそう言った。
「…ぷ、あははははははっ」
「おい、笑うなよ」
「あははっ、…だって、何それ?ファンタジー?」
「本当だって。あの水谷翔子も言ってたんだから、間違いないだろ」
水谷翔子とは、常に学年トップの成績で絵に描いたような秀才。誰が見ても真面目で曲がったことが大嫌い。確かにウソをつくような子では無いけれど。
「いやいや、そんなオカルトみたいな話信じるなんて。椎名くん相変わらずだね」
「何だよ。全然信じてねぇな」
椎名くんは、この類の話をよく教室で鼻高々に披露しているタイプの生徒だった。
その都市伝説みたいな話が一度だって事実だった事なんてなくて、馬鹿にされて終わっていた気がするけれど。
まさか大人になっても変わらないとは。
人間って、どんなに沢山の経験をしたって根っこは変わらないんだと痛感する。
大笑いしたのは、話の内容があまりにもファンタジーだった事と、椎名くんのその変わらない性格になんだかほっこりしたからだ。
「大体、何列目なの?その座席」
大事な情報が抜けているのも椎名くんの変わらないところ。
「それが、誰も覚えてないんだよ。そこだけ記憶からすっぽり抜けてんの」
「……」
話に一層オカルト感が増してきたところで、私たちは二次会会場の焼鳥屋さんへと到着した。
「原田、この話マジだからな。もし番人に遭遇したら俺に教えてくれよ」
「ふふ。分かったよ」
椎名くんは希美を椅子に座らせると、そう言い残して既にお店に来ていた仲間たちの元へと歩いていった。
その後ろ姿を見送って希美の向かいの席に座ると「ったく、アイツいつまで脳内中学生なんだか」と、希美が悪態をついた。
「希美!起きてたの?」
「起きてたよ。アホらしすぎて面白かったから盗み聞きしてた。
椎名の話聞いてたらあの頃の休み時間の教室を思い出したわー」
希美は呆れながらも懐かしそうな表情で机のメニュー表を手に取って続ける。
「何が時の番人なんだか。タイムリープ出来たらみんな人生失敗しないし後悔しないっつーの」
「はは。本当、そうだよね」
私と希美は、さっきの椎名くんの話を酒の肴に2時間程の二次会を楽しんだ。
*
ーーーー……あぁ、何だっけ
“めぐるめぐる、かぜ…ー”
“めぐるおもいに、のって”
“ぼくらは…ー”
そうだ、思い出した。
中学のとき、合唱の授業で歌った曲。
時…、時の……?
「おい原田」
ずっしりとした何かが頭に乗る感覚と、耳に届いた懐かしい声。
「授業中に寝るんじゃない」
「…え?」
授業中?
その言葉に、顔を上げる。
ぐるりと見渡すと、クスクスという笑い声と共に私に向けられた何人もの視線と目が合う。
どう見ても教室にいて、どう見ても中学生に囲まれている。
「え…あれ、なにこれ」
「寝ぼけてるのか?今は歴史の授業中だぞ」
声がする頭上を見上げると、中学2年生の時のクラス担任だった“ノノム”こと野々村先生が怖い顔で私を見下ろしていた。
どうやらさっきのずっしりとした感覚は分厚い歴史の教科書だったらしい。
「ひっ、ノノム?!」
「ノノムだと??」
声に出したとこでハッとして慌てて口元を手で押さえた。
「す、すみません。何でもないです…」
ノノムは生徒の中でだけのあだ名だった事を思い出す。
またクラスメイトがクスクスと笑う声が聞こえた。
同窓会に行ったばかりだからかな。
中学時代の夢を見るなんて。
私は苦笑いしながらパラパラと適当に教科書を開く。
顔ぶれを見る限り、中2の時のクラス。
窓際に座る私の席とは反対の廊下側の席に目を向けると、希美がこっちを見ていた。
(バーカ)と口が動いている。
ああ、そういえばこんな事もあったかも。
懐かしいな、なんて思いながら窓の外に視線を向けた。
南側の校舎にある音楽室から聞こえてくる合唱曲。
この曲、好きだったな。
窓越しに見える伴奏者の背中もボーッと眺めながら思い出す。
柏木寛。
そうだ、あの背中は柏木寛だった。
いつもこうしてこっそり見てたんだ。
懐かしい。
夢なら覚めないでほしい。
そう思いながら、歴史の授業の間、私の視線は柏木寛の背中に釘付けだった。
何かがオカシイと気付いたのは、次の日になってもこの“夢”のような世界が続いた時だった。
長すぎでしょ。
夢って日をまたぐことあるっけ?
*
「ないない、ないよそんなのー」
体育の授業中。
目の前ではバスケの試合が繰り広げられていて、私と希美は休憩しながらステージに腰掛けていた。
隣で希美が続ける。
「疲れてんじゃないの香緒。で、どんな夢?」
今この瞬間も夢なんです、とは言えるはずもなく、「忘れちゃった」と頭をかいた。
私がヘンなのかな。
長い夢を見ることもあるのかな。
ボーっとコート内を弾むボールを目で追いながら、現実の自分の行動を思い返す。
同窓会の二次会が終わって、希美は三次会行くって言ってたけど私は明日も仕事だったから帰ることにしたんだ。
ひとりで駅のホームで電車を待って、それで、終電に乗って、それで、…ーーー
ハッとする。
と、同時に希美のよく通る声が響いた。
「危なっ、…香緒!!」
気が付いたら大きな大きなバスケットボールが私の額に鈍い音を立ててぶつかった。
「い゛っ………」
跳ね返ってコート内まで転がったボールを見て、自分ってこんなに石頭だったんだと冷静に思った。
それに、
あれ?
こんな出来事あったかな。
…私が覚えていないだけだろうか。
薄れゆく記憶の中で、どこかで聞いたような声がした。
“先生、僕が保健室まで運びますよ”
誰の声なのか思い出せないまま、担ぎ上げられた私はゆっくり目を閉じた。
*
目が覚めると保健室特有の匂いが鼻をつく。
夢の中なのに目が覚めるって、変な感覚。
「あ。起きた」
突然に顔を覗き込まれ、ギョッとした。
少し癖のある髪の隙間からのぞく茶色の瞳。
薄い唇に通った鼻筋。
左右対称とはこういう事を言うのかと思わせる整った顔立ち。
えーっと、誰だっけ。
「藤井遥。頭打って忘れた?」
「ああ、藤井くん。藤井くん、ね。ははは」
そんな人も居たようないなかったような。
人間の記憶とはひどく曖昧なものだ。
そして大人になって身につけた、覚えていない人との接し方。
こんな風に役立つなんて。
「少し腫れてるけど、まぁ髪で隠れる場所でよかったね」
藤井くんとやらはそう言って私の額に手を伸ばす。
「えっ、大丈夫大丈夫!っと、ありがと、運んでくれたんだよね?」
中学生とはいえ、こんな整った顔の男子に触れられると緊張する。
「運んだよ。重たくて脱臼するとこだった」
「はい?」
「香緒は身長の割にふくよかだねー」
「はっ?」
「僕はガリガリよりそっちの方が好みだけど。やわらかいし」
何だこのセクハラ親父みたいな奴。
今どきこんなNGワード連発する人いないぞ。
いや、この時代はいたのかもしれないけど。
「いやー、もう少し保健室まで距離があっても良かったな」
と、セクハラ紛いの発言を続ける藤井くん。
本当に中学生?
私の冷たい視線に気付いているのかいないのか。
それに加えて問題なのは、私が彼のことを全然思い出せないという事だ。
どんな返しをして、どんな会話をしたのか。
全く覚えていない。
そもそもこんなシチュエーション自体、記憶にない。
まぁ夢の中だから多少の齟齬はあるんだろうけど。
「無視するなよー」
けれど彼のその中学生らしからぬ、どこか軽薄な言動に違和感と既視感を覚えた。
「藤井くん」
「遥でいいよ」
私には下の名前で呼び合うような間柄の男子はいない。
「……遥。
アナタ、誰?」
私が真剣な顔でそう言うと、彼は声を出さずに口元だけニヤリと笑ってみせた。
「ようやく気付いたか。
“The Time Keeper”
時の番人だよ」
to be continued…
30代にもなると、15年ぶりに会う同級生は自己紹介をしてもらわないと名前も出てこない人ばかりだけれど、定期的に集まっていたメンバーは、すぐに私を見つけて声をかけてくれた。
「久しぶり香緒〜!」
「香緒ー!」
「香緒ちゃん久々〜!」
私は手に持っていた同窓会の案内状をカバンにしまった。
「みんな、久しぶり!すごい人数だね」
地元の駅から直通のホテルが会場だったからか、遠方からの参加率が良かったらしく、全クラス合わせると結構な人数だった。
「うちの中学、この辺じゃマンモスだったからね。お疲れ、香緒」
そう言って私にシャンパングラスを手渡してくれたのは、大学まで一緒だった腐れ縁の友人、希美。
「ありがと希美。間に合ったんだ」
「なんとかね〜。そのままのメイクで来たからちょっと気合い入った奴みたいになっちゃったけど」
希美はCAをしていて、仕事で今日の同窓会は間に合うか微妙と言っていた。
1番仲が良かったし、希美が居なかったら正直1人で行くのは微妙だったから間に合ってくれて助かった。
「それにしても35歳にもなると皆さ、身の上話が長くて長くて。嫌んなっちゃう。大体旦那か子供の話だし」
そうボヤきながら希美はシャンパンを一気に口に流し込み続けた。
「自分自身に誇れるものは無いのかー!って言いたくなるわね」
その言葉に私は苦笑いする。
この歳になると、周りは皆結婚して、子供産んで。
共働きで育休使う人もいるけど、一度外れたキャリアを元の軌道にのせるのには何年もかかる。
多様性とか言いながらも、実際はまだまだこれがセオリーな気がする。
結婚もしていない私はそのどれにも当てはまらないけれど。
「希美は最近どうなの?パイロットの同期と付き合ってなかった?」
私はシャンパンをひと口飲んで希美に聞いた。
「あー、あんなのもうとっくに別れたよ。クソ女たらし」
「そうなの?長かったよね」
「まぁね。長く一緒にいるから結婚するとは限らないってことね。今は新しい恋を探し中。今日もその一環、なんちゃって」
希美はそう言って肩をすくめてみせた。
腐れ縁とはいえ、希美とも社会人になってからはめっきり会う頻度が減った。
こうして久々に会うと、話が尽きない。
しばらく談笑していると、挨拶回りを終えた何人かの友人たちが戻ってきて「ねぇねぇ見た?」と興奮気味に私たちに聞いてきた。
私と希美は2人で顔を見合わせ、「何が?」と返す。
「柏木だよ!ほら、あの柏木寛!オーラ出てたよね〜、別格だわ」
“柏木寛”
その名前にぴくりと眉毛が動く。
「実家が極太だとは聞いてたけど、ここまでとはね。もう彼が次期社長に決まってるって」
「しかもしかも、結婚するらしい。それも政略結婚!なにそれドラマかよってね」
隣で興味なさげに聞いていた希美がチラリと私を見た。
「結婚だって。香緒知ってた?」
こっそりと私に耳打ちした希美。
「知らない知らない。何の情報もなかったよ」
「ふぅん、そっか」
私と希美のやり取りに、柏木寛の話をしていた1人が思い出したように声を発した。
「そういえば、柏木と香緒って中学のとき“何か”あったよね?」
“何か”
ふんわりとした言葉でまとめられた、かつての思い出。
私は誤魔化すように「ハハ。あったような無かったような。もう忘れちゃった」とその場をおさめた。
嘘。
あった。無かったことになんて出来ない。
だって私はこんなにも鮮明に覚えてるんだから。
「香緒、」
何か言いたげに私を見つめる希美に、私は軽く微笑むと「先生のとこ行こうよ」と手を引いてその輪から離れた。
柏木寛が結婚する。
私には関係ない。
関係ないはずなのに、心が痛む。
それはきっと、後悔しているから。
あの時。まだ中学生だったあの頃。
私にほんの少し勇気があったら。
いま、彼の隣にいたのは私だったのかな、なんて。
それから先生に挨拶をしたり、同じクラスだった人たちと思い出話をしたりしているうちに、あっという間に同窓会は幕を閉じた。
クラスが違った柏木寛とは、一度も顔を合わせることは無かった。
「女性陣。二次会、駅前の焼鳥屋でやるから現地集合な。場所送っといたから」
当時、学級委員長をやっていた椎名くんがスマホを掲げながら言った。
「焼鳥屋?匂いつくじゃーん」
希美が言いながらも楽しそうにスマホを開いた。
「すぐ近くだ。一緒に行こうよ香緒」
「うん」
私は既に酔っ払い気味の希美を連れて、ホテルのロビーで一緒になった椎名くんと共に二次会会場へと歩いた。
「酒、強いんだな。原田」
椎名くんは千鳥足の希美の腕を支えながら私に言った。
「2杯しか飲んでないだけだよ」
「なんだ。コイツが飲み過ぎなだけ?」
「そうだね。希美は結構飲んでた」
「弱い奴ほど飲むんだよな。ほら、シャキッと歩けシャキッと」
そう言われた希美は、椎名くんに寄りかかるとネクタイを掴んだ。
「はぁ?うるさい椎名。アンタ昔私のこと好きだったくせに。気安く触んないでよタコ」
「…何だそれ。いつの話してんだよ、この酔っ払い」
「好きでもない女と結婚するからアンタみたいにバツがつくのよ。バーカ」
「ハイハイそうですね」
思い返せば2人は昔からこんな感じだった。
顔を合わせては口喧嘩して。
大体いつも吹っ掛けるのは希美だけど、痴話喧嘩にしか見えなくて、側から見てもお似合いだった。
なんで付き合ってなかったのか、不思議なくらい。
「そういえば原田、知ってる?時の番人のウワサ」
半分寝ながら歩いている希美を支えながら、唐突に投げかけられた聞き覚えのないワード。
「え?何それ。小説か何か?」
「違う違う。俺もさっきの一次会で聞いたんだけど…」
椎名くんが言うには。
この駅から出発する、下りの23時55分発の最終列車4両目。
進行方向に向かって右側の何列目かの座席。
そこに座ると現れる“時の番人”と名乗る人物。
その姿は、女性だったという人もいれば、男性だったという人もいる。
その時々で姿形がてんでバラバラらしい。
ここ1年の間に、目撃談が後を立たないという。
「都市伝説みたいな話だね。それに、何なの?その“時の番人”って」
「それがさ………
タイムリープ。
出来るらしいんだよ、そいつに出会うと」
椎名くんは至って真面目な顔で、私にそう言った。
「…ぷ、あははははははっ」
「おい、笑うなよ」
「あははっ、…だって、何それ?ファンタジー?」
「本当だって。あの水谷翔子も言ってたんだから、間違いないだろ」
水谷翔子とは、常に学年トップの成績で絵に描いたような秀才。誰が見ても真面目で曲がったことが大嫌い。確かにウソをつくような子では無いけれど。
「いやいや、そんなオカルトみたいな話信じるなんて。椎名くん相変わらずだね」
「何だよ。全然信じてねぇな」
椎名くんは、この類の話をよく教室で鼻高々に披露しているタイプの生徒だった。
その都市伝説みたいな話が一度だって事実だった事なんてなくて、馬鹿にされて終わっていた気がするけれど。
まさか大人になっても変わらないとは。
人間って、どんなに沢山の経験をしたって根っこは変わらないんだと痛感する。
大笑いしたのは、話の内容があまりにもファンタジーだった事と、椎名くんのその変わらない性格になんだかほっこりしたからだ。
「大体、何列目なの?その座席」
大事な情報が抜けているのも椎名くんの変わらないところ。
「それが、誰も覚えてないんだよ。そこだけ記憶からすっぽり抜けてんの」
「……」
話に一層オカルト感が増してきたところで、私たちは二次会会場の焼鳥屋さんへと到着した。
「原田、この話マジだからな。もし番人に遭遇したら俺に教えてくれよ」
「ふふ。分かったよ」
椎名くんは希美を椅子に座らせると、そう言い残して既にお店に来ていた仲間たちの元へと歩いていった。
その後ろ姿を見送って希美の向かいの席に座ると「ったく、アイツいつまで脳内中学生なんだか」と、希美が悪態をついた。
「希美!起きてたの?」
「起きてたよ。アホらしすぎて面白かったから盗み聞きしてた。
椎名の話聞いてたらあの頃の休み時間の教室を思い出したわー」
希美は呆れながらも懐かしそうな表情で机のメニュー表を手に取って続ける。
「何が時の番人なんだか。タイムリープ出来たらみんな人生失敗しないし後悔しないっつーの」
「はは。本当、そうだよね」
私と希美は、さっきの椎名くんの話を酒の肴に2時間程の二次会を楽しんだ。
*
ーーーー……あぁ、何だっけ
“めぐるめぐる、かぜ…ー”
“めぐるおもいに、のって”
“ぼくらは…ー”
そうだ、思い出した。
中学のとき、合唱の授業で歌った曲。
時…、時の……?
「おい原田」
ずっしりとした何かが頭に乗る感覚と、耳に届いた懐かしい声。
「授業中に寝るんじゃない」
「…え?」
授業中?
その言葉に、顔を上げる。
ぐるりと見渡すと、クスクスという笑い声と共に私に向けられた何人もの視線と目が合う。
どう見ても教室にいて、どう見ても中学生に囲まれている。
「え…あれ、なにこれ」
「寝ぼけてるのか?今は歴史の授業中だぞ」
声がする頭上を見上げると、中学2年生の時のクラス担任だった“ノノム”こと野々村先生が怖い顔で私を見下ろしていた。
どうやらさっきのずっしりとした感覚は分厚い歴史の教科書だったらしい。
「ひっ、ノノム?!」
「ノノムだと??」
声に出したとこでハッとして慌てて口元を手で押さえた。
「す、すみません。何でもないです…」
ノノムは生徒の中でだけのあだ名だった事を思い出す。
またクラスメイトがクスクスと笑う声が聞こえた。
同窓会に行ったばかりだからかな。
中学時代の夢を見るなんて。
私は苦笑いしながらパラパラと適当に教科書を開く。
顔ぶれを見る限り、中2の時のクラス。
窓際に座る私の席とは反対の廊下側の席に目を向けると、希美がこっちを見ていた。
(バーカ)と口が動いている。
ああ、そういえばこんな事もあったかも。
懐かしいな、なんて思いながら窓の外に視線を向けた。
南側の校舎にある音楽室から聞こえてくる合唱曲。
この曲、好きだったな。
窓越しに見える伴奏者の背中もボーッと眺めながら思い出す。
柏木寛。
そうだ、あの背中は柏木寛だった。
いつもこうしてこっそり見てたんだ。
懐かしい。
夢なら覚めないでほしい。
そう思いながら、歴史の授業の間、私の視線は柏木寛の背中に釘付けだった。
何かがオカシイと気付いたのは、次の日になってもこの“夢”のような世界が続いた時だった。
長すぎでしょ。
夢って日をまたぐことあるっけ?
*
「ないない、ないよそんなのー」
体育の授業中。
目の前ではバスケの試合が繰り広げられていて、私と希美は休憩しながらステージに腰掛けていた。
隣で希美が続ける。
「疲れてんじゃないの香緒。で、どんな夢?」
今この瞬間も夢なんです、とは言えるはずもなく、「忘れちゃった」と頭をかいた。
私がヘンなのかな。
長い夢を見ることもあるのかな。
ボーっとコート内を弾むボールを目で追いながら、現実の自分の行動を思い返す。
同窓会の二次会が終わって、希美は三次会行くって言ってたけど私は明日も仕事だったから帰ることにしたんだ。
ひとりで駅のホームで電車を待って、それで、終電に乗って、それで、…ーーー
ハッとする。
と、同時に希美のよく通る声が響いた。
「危なっ、…香緒!!」
気が付いたら大きな大きなバスケットボールが私の額に鈍い音を立ててぶつかった。
「い゛っ………」
跳ね返ってコート内まで転がったボールを見て、自分ってこんなに石頭だったんだと冷静に思った。
それに、
あれ?
こんな出来事あったかな。
…私が覚えていないだけだろうか。
薄れゆく記憶の中で、どこかで聞いたような声がした。
“先生、僕が保健室まで運びますよ”
誰の声なのか思い出せないまま、担ぎ上げられた私はゆっくり目を閉じた。
*
目が覚めると保健室特有の匂いが鼻をつく。
夢の中なのに目が覚めるって、変な感覚。
「あ。起きた」
突然に顔を覗き込まれ、ギョッとした。
少し癖のある髪の隙間からのぞく茶色の瞳。
薄い唇に通った鼻筋。
左右対称とはこういう事を言うのかと思わせる整った顔立ち。
えーっと、誰だっけ。
「藤井遥。頭打って忘れた?」
「ああ、藤井くん。藤井くん、ね。ははは」
そんな人も居たようないなかったような。
人間の記憶とはひどく曖昧なものだ。
そして大人になって身につけた、覚えていない人との接し方。
こんな風に役立つなんて。
「少し腫れてるけど、まぁ髪で隠れる場所でよかったね」
藤井くんとやらはそう言って私の額に手を伸ばす。
「えっ、大丈夫大丈夫!っと、ありがと、運んでくれたんだよね?」
中学生とはいえ、こんな整った顔の男子に触れられると緊張する。
「運んだよ。重たくて脱臼するとこだった」
「はい?」
「香緒は身長の割にふくよかだねー」
「はっ?」
「僕はガリガリよりそっちの方が好みだけど。やわらかいし」
何だこのセクハラ親父みたいな奴。
今どきこんなNGワード連発する人いないぞ。
いや、この時代はいたのかもしれないけど。
「いやー、もう少し保健室まで距離があっても良かったな」
と、セクハラ紛いの発言を続ける藤井くん。
本当に中学生?
私の冷たい視線に気付いているのかいないのか。
それに加えて問題なのは、私が彼のことを全然思い出せないという事だ。
どんな返しをして、どんな会話をしたのか。
全く覚えていない。
そもそもこんなシチュエーション自体、記憶にない。
まぁ夢の中だから多少の齟齬はあるんだろうけど。
「無視するなよー」
けれど彼のその中学生らしからぬ、どこか軽薄な言動に違和感と既視感を覚えた。
「藤井くん」
「遥でいいよ」
私には下の名前で呼び合うような間柄の男子はいない。
「……遥。
アナタ、誰?」
私が真剣な顔でそう言うと、彼は声を出さずに口元だけニヤリと笑ってみせた。
「ようやく気付いたか。
“The Time Keeper”
時の番人だよ」
to be continued…



