痛くて苦しい。今の私の表情は、今までに誰も見たことのないものになっていて。かなり、必死に歪んでいるはず。
でもベテランペテン師には、今の私に、負の感情だけじゃないものが伴っていることが分かっているのだ。
そうでなければ、きっと処女にこんな無茶ぶりはしてこないだろう。
「おい、後ろ。」
「は、え?な、なに」
「う・し・ろ。バック」
「ちょ、む、ムリだって!」
「人工呼吸すれば痛みも和らぐって。」
うつぶせにへばる私。
思っていたよりもずっと清潔感のあるベッド。ちゃんと柔軟剤の香りがした。ただし行為のためだけに用意されたベッドは、処女を奪われる瞬間に人間臭さを纏った。
シーツをシワになるほど掴む姿は、それほどまでに滑稽なのか。
「ハハ、」
その笑い声と共に、自分の脚が引きずられていく。休みなしにぶつけられる肌と肌。汗ばむ自分の肌は、当分渇きを知らずに済むんじゃないかと思えそうなほど。
肩越しに、反抗の眼差しを向ければ。キラ君が口角を上げ、舌舐めずりする様が視界に入った。そんな狼さんに赤ずきんは勝てっこない。
慌てて顔を背ければ、「待て待て」と南緯90度方向に向かされてしまった。
人工呼吸という名のキスをするために。
「以外に舌、長いじゃん」
ディープキスなら私にだって経験はある。
でもこの人工呼吸は…未経験だ。あまりにも深みがありすぎて、小耳にすら挟んだことがない。
舌を絡み取られて吸われるやつ。言い換えると、ハマれば自尊心が跡形もなく消されてしまうやつ。これが甘いかどうかは、知るだけ無駄なため考えるのをやめた。
キスの合間の呼吸が、なんでか吐息になってしまう。私が人工呼吸初心者だからなの?
「はい、吸ってぇ、吐いてー。舌転がしてー」
「(イラッ)」
身体を委ねてしまうぬかるみが、こんなに心地いいだなんて知らなかった――――
「電子決済で分割払いOKなんで。ほいじゃ。」
カーテンの隙間から桃源郷がみえそうな時間帯。
私の鞄から勝手にスマホを取り出したキラ君。どうやら電子決済アプリのアカウントを勝手に交換したらしい。
ベストもかっちりと。ベージュスーツ姿を整えたキラ君が、テーブルに私のスマホを置いた。薄暗い部屋に唯一灯る、スマホの点灯。儚く消えたのを確認する。
シャワー、浴びなきゃ浴びなきゃ…。そう思うのに、身体が思うように動かない。
一眠りしてからお風呂に入ってご飯食べてからまた寝よう。
そのまま眠る準備に入る私は、布団の中から手だけで“さよなら”した。



