深夜でもヘーゼルイエローは発色がいいらしい。瞳を細め、私を訝《いぶか》しげに睨みつけるキラ君。痴漢が出そうな深夜の公園前。不審がられるのも頷ける。
「なんで?だって自分、No.1キャバ」
「でも。私、オンリーワン処女。」
「…(うるせーわ)ミウさんてさ、何歳なの?」
「黙秘権を行使します」
「…“処女”は言った癖に?」
「……」
私、確かにNo.1の肩書だったけれど。キャバ嬢として合法の仕事しかしていないし。
深夜の風に漆黒の髪を靡かせるキラ君が、自身の口元をなぞりながら息を吐く。
呆れるような、沈黙の間。
急に心臓が痛くなってきた。鉛のような目眩がする。動悸、息切れ、きつけに無敵だと噂のあれが欲しい。治る見込みを統計データで提示してくれたらさらにハッピー。
いつもみたいに、さっさと馬鹿にして罵ってくれればいいのに。
「あのさ、」
「な、なにっ」
食い気味に、声が上ずってしまい。恥ずかしいよりもしんどくなって俯いた。
キラ君が、一歩一歩私の定位置まで近づいてくる。
同じ立ち位置にくれば、一緒にスポットライトを浴びるのだということを理解してほしい。二人してライトに照らされる姿は、シェークスピアの悲劇だか喜劇に匹敵するということも。
キラ君の靴音に同調するかのように、私のハートが粘り気のある前後運動を繰り返す。
「305万、全額くれるなら貰ってやってもいいですよ?」
へらっ。と、馬鹿にした笑みで私を見下す現役ホストNo.1。
“アホかお前。アホだな。”と忌々しい顔が言っている。見事優位に先手を打たれた。現役No.1を卒業したキャバ嬢は途方にくれる。
でもお金を払って買うのは私の方なのである。私が客側。私が優位に立たなくてどうするか。
「305万円、きっちり耳を揃えて払ってやろうじゃないの。」
「処女とは思えない威勢の良さだな。」
「もうちょい可愛く言えんのかい。」と笑うキラ君の糖度が、少しだけ上がる。
オプションで“甘さ”と“氷の量”を選択できたらいいのにね。
「本気?本気で俺に抱かれるつもり?」
「ほ、本気だよ!」
「セックスの意味、分かってる?」
「広辞苑よりは詳しいと思う!」
処女というだけでも嫌がられるって分かってるのに。なんで私ってば、かわいくなれないんだろう。
キラ君がNo.1というだけで、どうにも下でに出られないのだ。トイプードルとアメリカンショートヘアに弟子入りして、プライドのない馬鹿なフリを学びたい。
「なんで、俺?」
「お金で解決できるから!あ、あと、素性を知らないまま後腐れなく終われるから!」
「ほーん俺じゃなくてもいくね??」
「な、慣れてそうだから!!そう、処女にも慣れてるベテランペテン師だから!!」
「ベテランってほどでもない。」
「認めるんかい…。」
スーツのポケットに手を突っ込むキラ君。多分その手は、ポケットの中の電子タバコを吸おうか迷っているのだ。



