「古今《ふるいま》さんより、マリア先輩の方が魅力的なのに。西條さんも野口さんも分かってないですよ。」
特に2人に対して言ったわけではない。ただ、そのまま思った言葉が出てきてしまった。
でも西條さんと野口さんは、すでにバンジー台から飛び降りようとしているところだった。
その間に逃げる私は、丘から木々が散乱する森を抜け、湖のある場所へと足を運んだ。
菜の花畑も良かったけれど、春の水辺もなかなかに風情があっていい。西條さんと野口さんの絶叫はこの際聞かなかったことにする。今日この春闘大会に来たのはいい選択だった?と思う。
なんにせよ、近いうちにキラ君とは職場で顔を合わせる羽目になっていただろうし。早い段階で顔見知りになれてよかったし、今はそう思わないと生きていけない。
BBQ会場からもアスレチック広場からも離れているせいか、ここは目に見えるものおよそ9割が自然で出来ている。
水辺には番《つがい》になったカモが泳いでいる。この時期は番で行動するらしい。なんとなく、旭陽の顔が思い浮かぶ。
「(旭陽……今、なにしてる?)」
旭陽と『ロンドン棟』でライン交換して以来、私発信で2回メッセージのやり取りをした。
もしかして旭陽からラインきてたりしないかな、とスマホをポケットから取り出そうとした時だった。
「あ、アヒルの親子だ。」
後ろからそんな声が聞こえて、自分のなで肩がぴゅんと上がった。
やばい。七三倉晩、いや、キラ君の声だ。
「…………」
「ねえ、なんでそんな肩ひじ張ってやってんの?」
「…………」
「ねえ、なんでそんなに表情が地蔵なの?」
「…………」
「ねえ、なんでミウさん勝手にキャバ辞めたの?」
気温も上がる春爛漫の季節に、黒黒しい男は厚かましい質問を次々と投げてくる。それをキャッチ出来ても、リリース出来る余裕はまだない。
「ねえ、なんであのアヒルはずっと泳いでんの?」
「アヒルじゃなくてカモだよカモ!カモの番!」
「ああ、あれカモかー。」
「どう見たって色がそうでしょ!」
カモもアヒルに間違えられて迷惑だ。
キラ君が、ポケットから電子タバコを取り出す。
ヒエラルキーとしては紙タバコよりもアイコスよりも下っ端だというのに、煙の量がハンパない。それにフレーバーも彼の場合非道いもの。甘くてしょうがない。
「なにそれ……。なんでそんなに甘いにおいなの?」
「Q.なんのフレーバーでしょうか。」
「……えっと、たぶん?……はちみつ?」
その3回目の煙は、肺に呑み込んだらしい。
喉元が動いた瞬間に、真っ昼間のヘーゼルイエローが私をじっと見すえる。キラ君の、滲みよるような一歩一歩に、またしても自分の肩が跳ねてしまう。



