一瞬、時間が止まったかと思った。いや、軽く息は止まった。
「昔約束したじゃありませんか。驚くことではないでしょう?」
(約束?)
「貴方の隣で肩を並べられるほど立派な男となった時、迎えに行くから結婚しようと熱い約束を交わしたじゃありませんか。……忘れてしまったとは言わせませんよ?」
ギロリと睨まれ、思わず腰が引ける。
「貴方の為に宰相まで来たんですよ。本当は騎士を目指そうと思ったんですが、剣だけを振るだけの筋肉馬鹿より、国を動かせる力を持った方が都合がいいと気付いたんです。今では私の言葉一つで国王は元より、国全体を動かすことができます。貴方が国が欲しいと言えば、手に入れることが可能なほどには実力があると自負しております」
剣呑な光を灯しながら眇められ、ヒュッと息を飲みこんだ。
(ヤダ、この人、こわ……)
本能が警告してる。この男は危険だと。
「き、気持ちは嬉しいんですけど、たぶん人違いだと思います」
できるだけ刺激しないように、言葉を選びながら口を開く。
「私と宰相様は面識がないはずです。学園でも話したことはありませんでしたし、卒業しても今の今まで言葉を交わしたことはないはずです」
ジェドは黙って聞いているが、この沈黙が逆に恐怖の芽を育ててる。それでも、負けずに言い切らないといけない。一時の恐怖よりこれからの人生の方が大事。
「私は貴方とは結婚も婚約もどちらも出来ません。本来の相手と幸せになってください」
上擦りそうな声を抑え、何とか言い切った。この後、私の命が無事である保証はない。なにせ相手が相手だ。五体満足でこの部屋を出れれば万々歳だと思ってる。
正直、こんな色恋沙汰に巻き込まれた上に、命の危険に晒されるなんて冗談じゃないと言うのが本音。そもそもさ、自分の好きな人間違える?この人、優秀なのか馬鹿なのか分からない。
「ふ、ふはは……あはははは!」
顰め面でジェドを見ていたら、急に笑い出し驚いた。
「私が貴方を見間違える?ありえない」
自信ではない。確証を持って言っている。
「……そうですか……忘れてしまったのですね……」
寂し気に俯き呟く姿を見て、本当に?と思えてきた。いくら私でも、ここまでの美形が目の前に現れれば記憶に残るはずだけど……まったく思い出せない。
「忘れてしまったのものは仕方ないとはいえ、約束は守ってもらいますよ?」
「え!?」
「当たり前でしょう?私の心を長年に渡って縛り付けておいてそのままという訳にはいきません」
「それは貴方自身の問題で、私には一切関係ありませんが?」
仮に私に婚約者や好きな人がいたらどうしてんだ?と問いたいところだが、聞く前に脳裏に答えが浮かび上がって来た。この人なら躊躇なく人の一人や二人消すだろう。
「まったく、私に楯突く女性は貴方ぐらいですよ。外見は申し分ないし、地位も名誉あります。将来も安泰が確立されてますし、何が不満なんです?」
流石に苛立ってきたのか、眉を顰めながら問い詰めてくる。「貴方自身が問題です」と言えたらどれほど良かったか。
顔を逸らし、この時間が早く終われと思っている私にジェドは胸ポケットからネックレスを取り出し、目の前に置いて見せた。
一見何処にでもありそうなネックレスに見えるが、チャームには植物の葉が彫られてあった。
「これは柊というらしいです」
「へぇ」
手に取ってみると、小さな実は赤い宝石であしらわれており、葉も細部まで精巧に作られていて、職人の腕が光る逸品だ。
ジッとネックレスを翳しながら見つめるルシルに、ジェドは声をかけた。
「私とゲームをしましょう」
「ゲーム?」
「ええ、そのネックレスを貴方に預けますので肌身離さず持っていてください。私が無事に取り返せたら私の勝ち。逆に取り返せなかったら貴方の勝ち。約束は無効としましょう」
そんな色気たっぷりめで言われても、全く心に響かない。簡単な話、鬼ごっこのようなものをしろって事だろう?捕まったら負け。ただそれだけ。
(なんで私がそこまでしなきゃなんないの)
こんなの不満しかない。
「別にやらないと言う選択肢もあります。その場合、無理やりにでも私の元に嫁いでいただきます」
「傲慢よ!」
「おや、私が誰だと思っているんです?」
「ぐッ!」
クスッとほくそ笑まれ、言い返す言葉を失った。
こんなの選択肢がないじゃない!だけど、このままじゃこの男と一緒になるのが決まってしまう。それだけは死んでも嫌だ。
「どうします?」
答えを分かっていて急かしてくる。本当にむかつく。悔しいけど、このゲームに乗るしかない。だけどこのままじゃフェアじゃない。
「……一つ、私から要望があります」
「なんだい?」
ルシルはビシッとジェドの耳を指さした。その先にはシャランと揺れる飾りのついたカフスがある。
「私だけ狙われるのはフェアじゃありません。私も貴方を狙います」
私はどちらかと言えば、狙われるより狙う方が好きなタイプ。特にジェドみたいなタイプは自分は絶対に負けないと思い上がってる。こういう人間は隙ができやすい。何が言いたのかと言うと、この勝負、勝ったも同然なのだ。
「いいですね。貴方に迫られるのは大歓迎です」
「変態」
「誉め言葉ですね」
こうして、人生をかけた無茶苦茶なゲームが始まった。
「昔約束したじゃありませんか。驚くことではないでしょう?」
(約束?)
「貴方の隣で肩を並べられるほど立派な男となった時、迎えに行くから結婚しようと熱い約束を交わしたじゃありませんか。……忘れてしまったとは言わせませんよ?」
ギロリと睨まれ、思わず腰が引ける。
「貴方の為に宰相まで来たんですよ。本当は騎士を目指そうと思ったんですが、剣だけを振るだけの筋肉馬鹿より、国を動かせる力を持った方が都合がいいと気付いたんです。今では私の言葉一つで国王は元より、国全体を動かすことができます。貴方が国が欲しいと言えば、手に入れることが可能なほどには実力があると自負しております」
剣呑な光を灯しながら眇められ、ヒュッと息を飲みこんだ。
(ヤダ、この人、こわ……)
本能が警告してる。この男は危険だと。
「き、気持ちは嬉しいんですけど、たぶん人違いだと思います」
できるだけ刺激しないように、言葉を選びながら口を開く。
「私と宰相様は面識がないはずです。学園でも話したことはありませんでしたし、卒業しても今の今まで言葉を交わしたことはないはずです」
ジェドは黙って聞いているが、この沈黙が逆に恐怖の芽を育ててる。それでも、負けずに言い切らないといけない。一時の恐怖よりこれからの人生の方が大事。
「私は貴方とは結婚も婚約もどちらも出来ません。本来の相手と幸せになってください」
上擦りそうな声を抑え、何とか言い切った。この後、私の命が無事である保証はない。なにせ相手が相手だ。五体満足でこの部屋を出れれば万々歳だと思ってる。
正直、こんな色恋沙汰に巻き込まれた上に、命の危険に晒されるなんて冗談じゃないと言うのが本音。そもそもさ、自分の好きな人間違える?この人、優秀なのか馬鹿なのか分からない。
「ふ、ふはは……あはははは!」
顰め面でジェドを見ていたら、急に笑い出し驚いた。
「私が貴方を見間違える?ありえない」
自信ではない。確証を持って言っている。
「……そうですか……忘れてしまったのですね……」
寂し気に俯き呟く姿を見て、本当に?と思えてきた。いくら私でも、ここまでの美形が目の前に現れれば記憶に残るはずだけど……まったく思い出せない。
「忘れてしまったのものは仕方ないとはいえ、約束は守ってもらいますよ?」
「え!?」
「当たり前でしょう?私の心を長年に渡って縛り付けておいてそのままという訳にはいきません」
「それは貴方自身の問題で、私には一切関係ありませんが?」
仮に私に婚約者や好きな人がいたらどうしてんだ?と問いたいところだが、聞く前に脳裏に答えが浮かび上がって来た。この人なら躊躇なく人の一人や二人消すだろう。
「まったく、私に楯突く女性は貴方ぐらいですよ。外見は申し分ないし、地位も名誉あります。将来も安泰が確立されてますし、何が不満なんです?」
流石に苛立ってきたのか、眉を顰めながら問い詰めてくる。「貴方自身が問題です」と言えたらどれほど良かったか。
顔を逸らし、この時間が早く終われと思っている私にジェドは胸ポケットからネックレスを取り出し、目の前に置いて見せた。
一見何処にでもありそうなネックレスに見えるが、チャームには植物の葉が彫られてあった。
「これは柊というらしいです」
「へぇ」
手に取ってみると、小さな実は赤い宝石であしらわれており、葉も細部まで精巧に作られていて、職人の腕が光る逸品だ。
ジッとネックレスを翳しながら見つめるルシルに、ジェドは声をかけた。
「私とゲームをしましょう」
「ゲーム?」
「ええ、そのネックレスを貴方に預けますので肌身離さず持っていてください。私が無事に取り返せたら私の勝ち。逆に取り返せなかったら貴方の勝ち。約束は無効としましょう」
そんな色気たっぷりめで言われても、全く心に響かない。簡単な話、鬼ごっこのようなものをしろって事だろう?捕まったら負け。ただそれだけ。
(なんで私がそこまでしなきゃなんないの)
こんなの不満しかない。
「別にやらないと言う選択肢もあります。その場合、無理やりにでも私の元に嫁いでいただきます」
「傲慢よ!」
「おや、私が誰だと思っているんです?」
「ぐッ!」
クスッとほくそ笑まれ、言い返す言葉を失った。
こんなの選択肢がないじゃない!だけど、このままじゃこの男と一緒になるのが決まってしまう。それだけは死んでも嫌だ。
「どうします?」
答えを分かっていて急かしてくる。本当にむかつく。悔しいけど、このゲームに乗るしかない。だけどこのままじゃフェアじゃない。
「……一つ、私から要望があります」
「なんだい?」
ルシルはビシッとジェドの耳を指さした。その先にはシャランと揺れる飾りのついたカフスがある。
「私だけ狙われるのはフェアじゃありません。私も貴方を狙います」
私はどちらかと言えば、狙われるより狙う方が好きなタイプ。特にジェドみたいなタイプは自分は絶対に負けないと思い上がってる。こういう人間は隙ができやすい。何が言いたのかと言うと、この勝負、勝ったも同然なのだ。
「いいですね。貴方に迫られるのは大歓迎です」
「変態」
「誉め言葉ですね」
こうして、人生をかけた無茶苦茶なゲームが始まった。



